第34話 10月 エロ同人誌で答え合わせ
文字数 2,511文字
振り向くと、B棟2階の端で本郷が手を振っている。右手に薄い本を持って。
私は全力ダッシュで駆けつけた。息を切らしながら、
「本郷さん、あんまり人前で薄い本を出さないでくれますか?」
「ごめんごめん、白衣姿の村瀬ちゃん見たら、ついテンション上がって」
「じゃ、ちょっとだけ見せてもらいます、あくまで参考のために」
私は先輩の動向を把握しておく材料として、『サフラン先生とグリ君シリーズ』に目を通させてもらうことにしたのだ。
決してエッチなマンガを読みたい訳ではない。
人気のない教室に入る。
「この前はレイプ描写があって村瀬ちゃんを驚かせちゃったから、今回はほのぼの系にしたよ。賛否両論あるけど俺の新境地」
「はあ」
今回は最初から7頭身だ。
『グリ君、薬草を集めに行きたいの』
『面倒くせえな』
『そんなこと言わないの』
『嘘だよ』
『あとで蜂蜜たっぷりのホットミルクを作ってあげるから』
『……ガキ扱いするなよ』
2人で山を登り温泉にたどり着く。その近くにお目当ての薬草がある。痛み止めや化膿止め、高ぶった神経をリラックスさせるハーブなど。
籠いっぱい薬草を集める2人。素っ気なくしているけどなんだかんだいって先生を喜ばせたいグリ君は、高いところの木の実を取ろうとして、ぬかるみで足を滑らせ泥だらけになってしまう。
『怪我はない? 温泉に入ってきれいにしましょう』
『先生、背中流して』
『グリ君は甘えん坊さんね』
白衣のスカートをまくって温泉に入り、グリ君の背中を流す先生。
グリ君が振り返り、
『先生、前も洗って』
『そのくらい自分で洗いなさい』
『さっき右腕を打って痛くて洗えない』
仕方なく先生がグリ君の胸元を洗い流していると、湯煙のなかに巨大なモノが。先生は顔を赤らめながらもそれを丁寧に洗う。
『今度は僕が先生を洗ってあげる』
『え?』
『湯気で見えないから平気だよ、脱いで、早く』
先生が恥ずかしそうに白衣を脱ぎ、グリ君に背中を向けて温泉に入る。
グリ君は先生の肩から背中を毛むくじゃらの手で撫でながら下の方に手を伸ばす。先生がビクッとする。
『前も洗ってあげる』
「どこがほのぼのなんですか!」
どうしてこうなる。いつも都合よくエッチな展開になって結末が適当。
確かに露骨な局部のアップは無かったけど、グリ君がねちっこくなっている。
「俺のホットミルク好きだろ」
「相変わらずキツいな、先生のここ」
「いかせてくださいってお願いしろよ」
「聞こえない、やめちゃうよ」先生をいじめて楽しんでいる。
やだ、私の部屋に盗聴器でも仕掛けられているのかな。
いや、違う、マンガが先だ。
「村瀬ちゃん見ているとネームが湧くなぁ、また耳まで真っ赤にして、フフッ」
「セ、セクハラですよ! 」
「おお、ごちそうさま」
ダメだ、本郷には勝てない。
でもこれで答え合わせができた。先週の土曜日に先輩は、
「一泊で温泉に行こうか、紅葉の季節だし」
と唐突に言い出したのだ。
そしてちょっと恥ずかしいことも言わされた。
「今回の女子ウケいいんだよ、フォロワー増えた。村瀬ちゃんのお陰」
「こういうの、女の子も読むんですか? 」
「もちろん」
「どうして女子ってわかるんですか? 」
「そりゃあわかりますともさ、女子は真面目に感想くれるからね」
本郷は私の知らない業界では有名人みたい。
「村瀬ちゃん、油断すると猫背になるね」
「考え込むと自然と猫背になっちゃうんです」
「何を考え込んでいるの?」
「実は騙されているのではないかと。実は裏でみんな『村瀬、信じ込んでいるぜ、あいつにファンなんているわけないのに』なんて笑っているのではないかと」
「じゃあ、これ見て」
本郷はスマホを出した。ラインの画面?
はっとり〈【速報】百川終了のお知らせ〉
レンコン〈【動画】構成員レポ【真夏の夜の夢】〉
オギC〈【朗報?】グリちゃん危機一髪【悲報?】〉
レンコン〈【画像あり】ビンタ一発!もな(21)のご尊顔〉
ササヤン〈【貞操】百川終始乙女【厳守】〉
レンコン〈【驚愕】もなもな(21)の裏垢がやばい〉
ササヤン〈【?】同情集まり百川アンチ消滅〉
オギC〈【ヤリマン】これ相手の女が男〉
「おっと、違う違う、ここじゃない」
レンコン〈みんなおまたせー新作できたー〉
オギC〈レンコン先生あざーす オカズあざーす〉
はっとり〈芽依たんのことあんまオカズとか言わないで欲しい〉
ササヤン〈ガチ恋は芽依たんに引かれるぞ〉
はっとり〈なんで百川なんだろう 俺が先に出会っていれば 俺の可能性もあったのかな 考え出すと魂が勝手にリモートワーク 眠れない〉
レンコン〈服部ブラックリモートマジックw生霊飛ばしww〉
オギC〈芽依たんはどうして自信なさげなのかなー 俺だったらサフランコスしてイケイケで学祭出るのにー〉
ササヤン〈おおコスプレ部門 ミニの水色ナース服見たい〉
はっとり〈絶対だめ〉
オギC〈芽依たん下向いて 俺ら宗教かセミナーの勧誘かよってww〉
レンコン〈羞恥プレイが似合うなぁ 恥ずかしがり屋さんで思慮深い〉
ササヤン〈俺たちに寛大でした〉
オギC〈百川はうまいことやったよなー〉
レンコン〈服部ストーカー事件が仲直りするきっかけ 百川今すげー束縛している〉
はっとり〈やめて 魂を削るダメージ〉
ササヤン〈ま、認知してもらってよかった めでたし〉
「げっ村瀬ちゃん涙ぐんでいる。それはなんの涙? 俺の言った羞恥プレイで怒った? それとも服部が怖かった?」
「ホッとして……ちゃんと好かれていると思ったら」
「その恐ろしいほどの自己評価の低さはなに? けっこう闇抱えているよね。なにか呪いでもかけられている?」
私は泣き笑いになった。
「自分で自分に呪いをかけていたかも。本郷さんもですけど、ササヤンもいい人ですね、オギちゃんも楽しいし」
「そう、いい奴ら。俺が女ならつきあうとしたら一番は百川だけど、次はササヤンだね」
「一番は百川先輩ですか?」
「だってあのたくましい体に素っ気ない素振り、俺濡れちゃう。で、村瀬ちゃんもグショグショ?」
「え? やだ、ちがっ……もうやめてください」
「ストップ、そのままで」
本郷がデッサンを始めた。なんなのこれ。