第41話 11月 カラス男サイキック攻撃
文字数 2,843文字
服部視点の夢を見る。
大学の噴水のそばで、私と服部が仲良く手をつないで微笑みあっている。
ああよかった、俺たち結ばれている、今までのは悪夢だったんだと安堵する。
でも夢から覚めて現実に戻ると、さっきのは夢だったのかと夢の中で絶望する。ループする悪夢。
服部の感情がドッと流れ込み、目覚めると涙が滲んでいる。
朝から虚脱感と疲労感。だるくて本当はずっと寝ていたい。けれど一人でいるとどんどん服部に包囲されてしまうような感覚がする。つきまとう湿気と静電気と錆びた臭い。服部が窓の外でこちらの様子を
先日学校で服部から、フィジカル攻撃を受けた。今私が受けているのは服部のサイキック攻撃。
頑張って外に出ると少しはマシになる。ただ背後に足音はついてくる。
トットットットット
振り返ると勿論誰もいない。
学校や食堂、バイトに行けば気配は薄まる。
特に諒君の前では、まったく気配は消えてしまうのだ。霧のように。そのせいで諒君は服部の存在に気づけなかった。
私は、時間が解決するのを待つしかないのかなと思った。いつかは服部の私への関心が薄れてくるだろう。ほとぼりが冷めるまで、やり過ごそうかと思ったのだが。
金曜日の夕方5時に食堂に行くと、ちょうど大家さんと田所さんが温泉旅行から帰ってきたところだった。
「村瀬さんっ、なんてモノを憑けているのよ!」
大家さんの第一声、嫌悪感たっぷりに私の背後を指さす。
「あ、やっぱり」
「やっぱりじゃないわよ、そんなの連れて店に来られたら商売あがったりよぉ」
「カラスですよね?」
「カラスなの? それ。奇妙な棒人形に見えるけど。コイル? やだこっち向いた! 気持ち悪いわねぇ」
それから大家さんは、しかめっ面で天井を見上げた。人形を操っている人がいるのかな。
「あたしゃ壊れた案山子に見えるね、ああ、よく見りゃカラスの羽がついているわ」
「もう、帰ってくるなり、黒い人形が食堂の周りをグルグル回っているからなんだろうと思ったわよ」
「すみません」
「男か。あんた、万人受けはしないけど、好かれたらとことん執着されるタイプだよねぇ」
田所さん、呆れた顔で薄笑い。続けて、
「案山子がブツブツ念仏唱えているわ」
途中でハッとした顔をした田所さんは、大家さんに向かって、
「あたしゃお祓いは無理。田中宮司に頼むしかないよ」
「ああ、あのとっちゃん坊や。村瀬さん、符丁神社にすぐに行ってちょうだい。費用は私が出すから。大家といったら親も同然って言うでしょ。場所? 道の駅玉手箱の近くよ」
「宮司はちょっと変わっているけど、お祓いの腕は優秀だから安心しな」
何故か田所さんは、宮司の話をするときニヤニヤした。大家さんは、ちょっぴり渋い顔。
「先代は人格者だったけど霊能力は無くて、田中宮司はその逆なのよね」
私は2人に服部のことを話した。ストーカーされたこと、学校で絡まれたこと。今は夢に出てくること。
「バカな男ねぇ、こんなことすれば益々嫌われるのに」
パシッ! 食堂に音が響く。これがラップ音?
「あらあら、随分イキっちゃって、ガラクタが鬱陶しい、カタカタうるさいのよ」
大家さんが雑誌を丸めて私の背後で振り下ろす。
「あっ、ちょっ、大家さん危ない」
「種原山周辺は増幅しやすいからねぇ、こういうヤツって “イキリオタク” っていうんだろ?」
田所さんに反応して、畑中さんも厨房から出てきて、
「お部屋の消臭スプレーで除霊できるって聞いたわよ、こういうの “物理で殴る” っていうんでしょ?」
と、食堂の外へ出て私の背中にスプレーをかけてくれた。みんな、泉工医大生の会話に毒されている……
大家さんは、さっそく次の日の土曜日、10時半にお祓いの予約を入れてくれた。
その日の夜は、諒君に部屋に泊まってもらった。
だんだんラップ音が激しくなり、テレビが点いたり消えたりして、さすがに私も手に負えなくなってきたので。諒君が部屋に来た途端、現象は治まった。
「なんか芽依からトイレの芳香剤の匂いがする」
「これはですね、畑中さんが物理で殴った結果……」
お風呂に入ってもラベンダーの香りはうっすら残った。
「明日はさ、近いけど神社の場所がイマイチはっきりしないから9時半に出よう」
「一緒に行ってくれるの?」
「当たり前だろ」
「ありがとう」
「芽依って、たまに他人行儀を発動するよな。俺とあんなことしているのに」
「あー……人との距離感がバグりがちで」
「ま、それも可愛いんだけどさ」
電気を消し、先に諒君が横になっていたベッドに一緒に入る。
「おやすみなさい」「おやすみ」私は諒君に背中を向けて寝た。窮屈だけど暖かい。
諒君、私との約束を守ってくれている。
実はつきあいだしたとき、寝るのは週に一晩までにしてくださいとお願いしたのだ。それと試験前は無しで、と。
もったいぶったわけじゃない。制限が無いと、私なんてすぐに飽きられてしまう気がしてとても心配だったから。
そのときの諒君、よく憶えている。
「ぇえ? ……わかったよ……じゃ土曜日にやろ、いや、会おう。もし土曜日が生理だったら中止じゃなくて延期ね。試験も試験明けに延期だよ。だって俺、芽依とやるから自分ではやらないって決めたんだもん。それに言っとくけど回数の制限は無しだからね!」
ベッドに入って5分くらい経過した辺りで、諒君はバタンバタンと何度も寝返りを打ったあげく、
「無理だよ!」
後ろから抱きつかれパジャマをたくし上げ胸を揉み出した。
「や、だめ」
私の制止も虚しく速攻ゴムを付け、その夜はバックでやられてしまった。さっき一緒にお風呂に入って、体を洗いながらしてあげたばかりなのに。聖ちゃんからこっそり伝授してもらったテクニックを小出しにして。
もう今は最初の頃のように、八島に聞かれないよう声をひたすら我慢したりはしない。八島に精進料理と言われたことを根に持っているので。
一度お風呂で二人ではしゃぎすぎて、八島から「うるさい」とばかりに壁を叩かれたことがある。そのときは心の中で笑いが止まらなかった。
事が終わってティッシュペーパーで拭いながら、諒君は何故かキレ気味。
「今日やったから土曜日は無しとかはないからね。いくら風呂場で抜いたからって、こんな夜這いみたいなシチュエーションで我慢できるわけないでしょ、俺おかしなこと言ってる? 言ってないよね」
本当に諒君といると気が紛れるというか。最近ではこういうのもカワイイって思えてきて、思わずクスッと笑ってしまった。
「なに? その笑いは。バカにしているでしょ?」
「あのね、仲ちゃんの新しい彼氏って、あの、終わった後ね、すぐ背中を向けてソシャゲを始めちゃうんだって。それに比べたら諒君の説教タイムのほうがマシだなって」
「説教タイム? 俺今まで、いわゆるピロートークのつもりだったけど!?」
こんなのを見せられてしまうんじゃ、服部の生霊も近づかないわけだよね。