第4話 4月 八島ロジック~金融リスクと心霊現象全否定~
文字数 2,210文字
「八島、おまえ、帰りに畑中さんからなんか貰っているよね、ほら、そのデカいタッパー何?」
「ああ、これはですね、おにぎりや漬物なんかを」
「ちゃんと別料金払っている?」
「先輩~僕苦学生なので、帰りに食堂の掃除してそのバイト代として貰っているんですよ、ね、畑中さん」
「畑中さんが優しいからって、図々しくない? 畑中さん、こいつちゃんと掃除しています? 甘やかすと図に乗りますよ」
「ふふっ、ちゃんと掃除していますよ」
畑中さんがいつもの笑顔で頷いている。
「百川先輩、僕、貧乏なんですから勘弁してくださいよ」
すると大家さんが「え?」と言う顔で急に入ってきた。
「八島君のお父さん、市役所勤務でしょ」
間髪入れずに百川先輩が、
「おまえんち公務員なの? どこが貧乏よ」
すると八島君は親子丼をかっ込み、お茶を流し込んでから言った。
「ちょっと皆さん、静かに聞いてください」
私と村瀬さんと麦倉先輩はずっと黙っている。
八島君の話によると、お父さんは勤めに専念していれば良かったものの、兼業許可をとって事業に手を出して失敗したという。
最初は太陽光発電事業。
銀行で事業ローン組んで、田舎の雑種地を買い太陽光パネルを200枚設置して、それはまあまあ上手くいったらしい。
「夏はパネル周りの草むしりに連れて行かれて、いい思い出無いですけどね。
といつもの苦笑い。
売電収入に味を占めた父親は、今度は不動産賃貸業に手を出し、競売物件のマンションの一室を「またローンを組んで」購入したそうだ。
「親父は家賃を8万5千円に設定したんですよ。それなら月7万円のローンを返してプラスが出て不動産も手元に残る、入居者がローンを払ってくれるようなものだとかナントカ言っちゃって」
大家さんと百川先輩はひそひそ小声で、「競売物件?」「それこそ絵に描いた餅ってやつだわね」
「大家さんの言うとおりです、なかなか入居者が決まらなかったんです。親父は仕方なく家賃をどんどん下げていって、とうとう6万円でやっと大手メーカー勤務の赤松さん夫婦が入居してくれたんですけどね」
百川先輩がボソッと、
「この時点で毎月のローン返済でかなりのマイナスですよね? オーナー」
「百川、それだけじゃないのよ、宣伝費と後から固定資産税も効いてくるのよ。持ち出し半端ないわね」
八島君はニヤリと「さすがです、よくおわかりですね。ただこれはまだ序章に過ぎないんです」
続けて、
「赤松さん夫婦は、入居して1年くらいで離婚したんです。旦那さんはそのまま1人で住んでいてくれたんですけどね、1年もしないうちに自殺ですよ。ウチの物件で首吊りして」
大家さんと百川先輩は同時にのけぞった。
「最悪なことに赤松さん、鬱で会社を休職していたんで発見が遅れたんですよ。家賃が振り込まれていないので、親父が携帯にメッセージを入れ続けても反応無くて、で行ってみたら、親父、第一発見者です」
大家さんが「後片付け大変だったでしょう」
「ウチの親父は人任せが嫌いで、なんでも自分でやりたがるんですけど、さすがにアレは無理だったみたいです。シミになっちゃったし。特殊清掃とリフォーム代でさらに170万円の出費。賃貸借契約の時の保証人は赤松さんの父親だったんですけど、その時認知症で施設に入っていて実質詰み。太陽光パネルが台風で飛ばされたときもめげなかった親父だけど、あのときはショックで白髪だらけになりましたね」
いまやたんぽぽ食堂は、八島君の独演場。
「とうとう物件を売りに出したんですけど、全然買い手がつきません。なぜなら事故物件サイトに載ってしまったから」
八島君は大家さんに向き直って、
「だから僕は事故物件というワードが嫌いなんです。新築以外で誰も死んでいない物件なんて、この世に存在しますか? コーポ種原が心理的瑕疵物って聞いたとき、なーんとも思いませんでしたよ! 僕は昔から心霊現象を信じていないんです。だいたい、死後も感情がその空間に残留して干渉するなんて……錯覚や思い込みですよね。それに霊が肉眼で見えるってことは、霊自体が発光しているか反射しているってことですよね。感情が発光、反射するんですか? 確かに存在している磁場や電波だってそのままの肉眼では見えないというのに」
八島君の話はなんだか頭が痛くなってくる。
大家さんもそうだったらしく、時計を見上げて言った。
「ほら、もう8時過ぎてる、みんな片付けして」
みんなでのっそりガタガタお盆を厨房に運ぶ。その日はそこでお開きになった。
実は食堂の他のテーブルの隅に、いつも赤い着物の女の子とモンペを履いたタヌキが座っている。
あと、少し離れて年季の入った
たまに白いレースのドレスを来た老女もやって来る。
この人達もたんぽぽ食堂の常連さん。
猟師はテレビの天気予報が好きみたいだ。着物女子はアイドルが好き。タヌキの子はマンガを読んでいることが多い。
大家さんの言葉で3人もどこかへ帰って行った。
外に出ると、種原山上空をホソボソとなにかが百鬼夜行中。
入居してわかったけど、お爺さんとオジサンの幽霊どころの話ではなかったのだ。
私には見える。八島さん、ご愁傷さま。
種原山自体がいつでも逢魔が時、心理的瑕疵物件みたいよ。