第13話 1月 繁殖する石②~僕の友達によろしく~

文字数 2,092文字

 私がバイトを終え帰ってくる頃には、吉本さんの前のめりな話し方を八島がマスターしていた。私がバイトに行ったのと入れ違いで八島が食堂に来て、吉本さんの話を聞いたのだという。
八島がみんなの前で得意そうに、吉本さんの話を披露し始めた。
私は畑中さんから話を聞きたかったのに。


 元拓さん、お亡くなりになったんですか。二宮さんはお姉さんでしたか。
……元拓さんとはナチュラルカーネーションっていうお店で知り合ったんですよ。5年くらい前だったかな。知ってますか、そう、それそれ、ナチュカ。ははっ。
私はまあ、冷やかしですよ、冷やかし。

 でも元拓さんは違ってた。真面目で優しい人ですよね、元拓さん。透析中の母親の体が少しでも楽になれば、って言ってました。
で、私、ちょっと心配になっちゃって、これ、いいカモにされちゃうんじゃないかって。案の定、磁気マットレスや浄水器なんか買わされていて、あと、石ね。
だからナチュカイベント終わりに声かけて、私が言うのもなんだけどあんた気をつけた方がいいよって。元拓さんポカンとしていた。

 次にイベントで会ったとき、元拓さんから声かけてきたんですよ。「この前の話の続きが聞きたい」って。
それで一緒にファミレス行って説明してね、全部根拠の無い話だし、それっぽい単語を並べただけのニセ科学だと思いますよって。そしたら元拓さん、呆然としちゃってね。

 一つ一つ説明したら、最後に元拓さん笑っていた。見事に騙されちゃったなぁって。あんた感心している場合じゃないよって突っ込みながら、こっちも笑っちゃって。びっくりした。あまりに大らかな人だから。

 それからはナチュカのイベントが終わると、『感想戦』と称して2人で飲みに行って、そこでナチュカサイドの矛盾点を検証しては大笑いして、そっちがメインの楽しみになりましたね。
話していくうちにお互い鉄道の趣味があることがわかって、たまにローカル列車の旅をしたんですよ。お互いの仕事の都合でなかなか行けなかったけど、旅のプラン練ってそれが楽しくてね。

 一度、代表の名塚祥子が「親の作った借金を返している」なんて演技したことがあったんですよ。
その時は思わず2人で「法改正で連帯保証人制度は無くなった筈では」「親は死んだの? 死んだのなら相続放棄をすればいい話」って直接突っ込んじゃって。それっきりナチュカには行かなくなったなぁ。

 ……元拓さん、お亡くなりになっていたんですか。
急に連絡がつかなくなって、携帯電話の番号もラインも消えちゃって。そうこうしているうちに私も三依店に転勤になりまして。

 そうですか。嫌われたんじゃなかったんだ。
これね、このキーホルダー、元拓さんとSL列車に乗ったとき記念に2人で買ったんですよ。ははっ、おじさん2人で気持ち悪いかな?  

 異動でまた天神町店に戻ってきたんで、偶然どこかで会えればと思っていたんですが。ああ、お母さんが亡くなった後、そうですか。
二宮さん、後でお線香を上げさせてください。
いやぁ参ったな。参った。本当。

 たんぽぽ食堂の活動は、バイトの子に教えてもらったんですよ。
今の若い子はすごいね。昔みたいに成果や情報を独り占めしないでみんなで共有するからね。老害にならないよう気をつけますよ。
 これも縁ですね。支援は続けていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

 途中で吉本さん泣いたそうだ。
大家さんと畑中さん、思い出して涙ぐんでいる。私ももらい泣きしそうだったが、八島の話なんかで泣くものかとグッと(こら)えた。

「畑中さん、お客さんいっぱい来るのに、昔ちょっと来た人を覚えているなんてすごいですね」
 私の言葉に畑中さんは即答した。
「元拓さんと一緒だったっていうのもあるけど、吉村さんて声と顔が合っていなかったから印象的だったの」
 確かに。吉本さんて背は低いけど色黒坊主頭のちょっぴり強面に、アニメのような澄んだハイトーンボイスだった。

『スーパーヤオシン天神町店は たんぽぽ食堂の子ども食堂事業を支援しています』
 がいつの間にか、
『 ”地域と共に歩む” 八百新グループは子ども食堂を支援しています』
 に変わっていた。
碧は定期的にたんぽぽ食堂の画像をSNSにアップしてくれていた。凝り性の碧はどこからかレフ板を借りてきては八島に持たせていた。

 吉本店長は水曜か木曜の夜に食材を運んでくれて、時間があるときはたんぽぽ食堂でご飯を食べていくようになった。何度か接するうちに、たんぽぽ食堂での呼び名は『店長さん』に。
店長さんは面倒見がいいが話が長く、フットワークが軽いが落ち着きが無かった。それでも『困っている人を見ると放っておけない』性分は伝わってくるのだった。
「店長さん、独身なんだよ。ちょっとわかる気がするけど。畑中さんて結婚しているの? って聞いてきた」
 八島は相変わらず下世話な話が大好き。
「バツイチらしいですよ、って言ったら店長さん緊張しちゃってさ」

 いつの間にかテーブルの籠の石がまた増えていた。
「石が繁殖した!」
ユメト君が笑う。
誰かさんが ”冷やかし” で買ったであろう丸っこい黒石が仲間入り。

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登場人物紹介

近藤 優名(こんどう ゆうな)


2018年泉水工業医療大学(理工学部)合格。それまでは母と叔母(母の妹)の近藤彩と3人暮らし。明るく前向き。胸キュンの少女マンガが好き。


「彩ちゃんは工場の技術職でカッコいいの。私も早く就職して一人前になって2人に楽をさせたい」


村瀬 芽依(むらせ めい)


バイオ化学システム1年 103号室 華奢で童顔。やや三白眼な瞳が猫っぽい。理知的で控え目な女の子。

「高校時代はガリ勉陰キャで試験しかイベントが無かったな……大学ではとにかく出来事を起こしたい」


百川 諒(ももかわ りょう)


環境工学システム2年 201号室 合気道部。ガッシリとしていて一見強面で老けている。チャラい女が嫌い。霊感があり、見える人。

二宮 治子(にのみや はるこ) 


コーポ種原とたんぽぽ食堂のオーナーで資産家。たんぽぽ食堂の2階に住んでいる。霊感があり、見える人。噂話が好きで少々おせっかい。

畑中 麻美(はたなか あさみ) 


たんぽぽ食堂の調理師 203号室 野菜中心のヘルシー献立が得意。優しく穏やかでオアシス的存在。

北里 聖子(きたざと せいこ) 


芽依と同じ学科 色白で美肌、おっとりとした性格で頼まれると嫌と言えない。最近妙な噂が……

坂入 碧(さかいり みどり) 


芽依と同じ学科 見た目はゆるふわだが、潔癖症ではっきりした性格。BL好き。「最初につき合う人は慎重に選びなさい」というお祖母ちゃんの教えを守り、恋愛には臆病。

仲野 紫織(なかの しおり) 


芽依と同じ学科 恋愛にはアクティブ、サッパリしていて明るい性格。

麦倉 宗太(むぎくら そうた)


電子工学システム3年 202号室 彼女募集中のちょっぴり挙動不審なオタク。ぼんやり霊が見える人。

八島 柊人(やしま しゅうと)


機械工学システム1年 102号室 長身でルックスはいいが、いつも一言余計で金にうるさい。霊感ゼロ。

大山 仁市(おおやま じんいち) 


もと校長先生の民生委員 101号室 虐待児童や貧困児童救出に日夜奔走している。物腰は謙虚で上品。あの世から定期的に視察が来る。

服部 司


村瀬芽依マニア 泉工医大バイオ化学システム 浪人しているため芽依とは同い年だが学年が1つ下


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