第33話 10月 サフラン先生とグリズリー君

文字数 1,655文字

 「百川はサフランガチオタだよ」

「初めて知った……先輩、アニメの話一度もしたことなかったから」
「百川が得意そうに村瀬ちゃんを紹介して回ったときは、村が大荒れ、グリズリーの分際でって、フフッ」
「グリズリー?」

 グリズリーってあの、地上最強の巨大熊のこと? 
確かに、種原病院のロビーの真ん中で仁王立ちしていた先輩はグリズリーだった。

 また服部が、今度は憮然とした顔で画像を出してきた。
サフラン先生をお姫様抱っこしている目つきの悪い巨大熊グリズリー君。
本当だ、口をへの字にして怒ったような表情でこの熊先輩にそっくり。
思わず笑ってしまった。

 サフラン先生にはスペアが無いから、グリズリー君が体を張って守っているんだそうだ。
うん、私は量産型じゃないからスペアが無いって、先輩言ったことあったな。
先輩にしては珍しい発言に、あのときたまらなくキュンとしたのに、アニメが出典だったのか。ちょっと騙された。

 オギちゃんと服部が大袈裟にため息をつく。
「単なるペット兼用心棒のグリズリー君とサフラン先生がつきあうなんて、どこの世界線でもあり得ない……」
「俺たちはリアルで残酷なスピンオフを見せられているっす」
 オギちゃんの言葉に本郷は、顔中をクシャッと笑顔にして、
「俺は有り、大有り、創作意欲が湧き出ちゃう、フフッ」
「レンコンさんはいいっすよね、2次創作で稼げるから」
「新作待っていますぞ」

 本郷はマンガを書いているんだ! 
ノートを覗き込むと、鉛筆書きの私がティーカップを両手で包みうつむいていた。デフォルメしてくすぐったくなるくらい可愛く描いてくれている。マンガが大好きな私は、
「マンガを書いているんですね。見たい、見せてください」
「いいですよ、これ新刊です、はい」
 本郷は嬉しそうにリュックから薄い本を取り出した。

「ちょっと待って、レンコンさん、ダメだって!」
 オギちゃんは立ち上がって慌てて制したけど、本は既に私の手に渡った後だった。
ササヤンは「まずいことなりましたぞ……」と宙を仰ぐ。
服部はオロオロして両手で頭を掻いている。変な人達。
本郷は私の反応をみたいらしく、さっきからウズウズ。

 へえ、カワイイ表紙、『サフラン先生とグリズリー君』だって。パステルカラーのきれいな色使い。
「本郷さん、かわいい。絵上手いんですね、プロみたい」とページをめくる。

 2頭身のサフラン先生とグリズリー君が楽しく森へハイキング。
サンドイッチとりんごを食べていると、急な落雷がきて山小屋に避難。
グリズリー君は人間を驚かさないよう外で待っている。

 え? 
ページをめくると、7頭身になったサフラン先生が、山小屋にいた男達に集団レイプされている……なにこれ……
助けを求める先生の声でグリズリー君が巨大化して男達を瞬殺……私が驚いたのは、局部の細かな書き込み。
えっと、いいの? こんなの印刷して流通していいの? 
最後は、グリズリー君が「忘れさせてやる」って言って先生をレイプ、嫌がっているはずの先生が感じまくっている……本当になにこれ……網膜に焼き付いちゃう、いくら何でもこれは……

 私は耳まで真っ赤になってしまった。
グリズリー君がサフラン先生の小さい胸をこんな風に触ったり、こんな風に足を広げて挿入するシーンに心当たりあるんですけど。

「どう、村瀬ちゃん、百川はシリーズ2冊ずつ持っているよ」
「もう! なんてものを見せるんですか!」
 私は慌てて薄い本を本郷の手に戻した。
「村瀬ちゃんが見たいって」
「みんなも、どうしてもっと強く止めてくれなかったんですか!」
 オギちゃんが吹き出す。何か私も笑えてきて、みんなで笑ってしまった。

 本郷が言った。
「百川って村瀬ちゃんにほぼ一目惚れだよ。フフッ、あいつ、スカしていて絶対そういうこと言わないでしょ。村瀬ちゃんが心霊アパートに入ってきたときなんてさ」
 知らなかったことだらけ。
「百川の裏情報教えるから、たまに軽くデッサンさせて、お願い」
 本郷に手を合わせて拝まれてしまった。
「エッチなポーズはしませんよ」
 交渉成立。

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登場人物紹介

近藤 優名(こんどう ゆうな)


2018年泉水工業医療大学(理工学部)合格。それまでは母と叔母(母の妹)の近藤彩と3人暮らし。明るく前向き。胸キュンの少女マンガが好き。


「彩ちゃんは工場の技術職でカッコいいの。私も早く就職して一人前になって2人に楽をさせたい」


村瀬 芽依(むらせ めい)


バイオ化学システム1年 103号室 華奢で童顔。やや三白眼な瞳が猫っぽい。理知的で控え目な女の子。

「高校時代はガリ勉陰キャで試験しかイベントが無かったな……大学ではとにかく出来事を起こしたい」


百川 諒(ももかわ りょう)


環境工学システム2年 201号室 合気道部。ガッシリとしていて一見強面で老けている。チャラい女が嫌い。霊感があり、見える人。

二宮 治子(にのみや はるこ) 


コーポ種原とたんぽぽ食堂のオーナーで資産家。たんぽぽ食堂の2階に住んでいる。霊感があり、見える人。噂話が好きで少々おせっかい。

畑中 麻美(はたなか あさみ) 


たんぽぽ食堂の調理師 203号室 野菜中心のヘルシー献立が得意。優しく穏やかでオアシス的存在。

北里 聖子(きたざと せいこ) 


芽依と同じ学科 色白で美肌、おっとりとした性格で頼まれると嫌と言えない。最近妙な噂が……

坂入 碧(さかいり みどり) 


芽依と同じ学科 見た目はゆるふわだが、潔癖症ではっきりした性格。BL好き。「最初につき合う人は慎重に選びなさい」というお祖母ちゃんの教えを守り、恋愛には臆病。

仲野 紫織(なかの しおり) 


芽依と同じ学科 恋愛にはアクティブ、サッパリしていて明るい性格。

麦倉 宗太(むぎくら そうた)


電子工学システム3年 202号室 彼女募集中のちょっぴり挙動不審なオタク。ぼんやり霊が見える人。

八島 柊人(やしま しゅうと)


機械工学システム1年 102号室 長身でルックスはいいが、いつも一言余計で金にうるさい。霊感ゼロ。

大山 仁市(おおやま じんいち) 


もと校長先生の民生委員 101号室 虐待児童や貧困児童救出に日夜奔走している。物腰は謙虚で上品。あの世から定期的に視察が来る。

服部 司


村瀬芽依マニア 泉工医大バイオ化学システム 浪人しているため芽依とは同い年だが学年が1つ下


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