第5話 5月 ゴールデンウィーク反省会
文字数 3,296文字
モスグリーンのポロシャツにチャコールグレーのスラックス。紫色の杖を手にして私をじっと見ている。
私は気にしないでゴッホ爺さんの隣に座った。
静かだ。清流をぼんやり眺めていると、爺さんはおもむろに言った。
「帰らないのか」
もうすぐゴールデンウイーク。
彩ちゃんから「優ちゃんロス」だと言ってしょっちゅう連絡が来る。ゴールデンウィークの間は実家に帰る予定だ。
「帰りますよ、叔母さんが心配しているみたいだから」
「まごまごしないで、さっさと帰ったほうがいい」
杖を持ち上げ川向こうを指しながら円を描く。川向こうは雑木林。
ゴッホ爺さんの、しゃべりながら杖を振り回す癖は直した方がいいと思う。
「わかっています」
遊歩道に車椅子を押すおじさんが見える。
いつも種原病院の方から歩いてくるおじさん。私を見てはにかみながら軽く会釈をしてくれるので、わたしも挨拶する。
「こんにちは」
いつ見ても穏やかそうなおじさん。
昨日のたんぽぽ食堂では、いつもは無口な麦倉先輩が熱く語っていた。
「おい、ゴールデンウィークに予定の無い暇な新入生2人、やっとオマエ達が活躍する機会がやってきた」
私は実家に帰省するので除外されているみたい。
「はい?」
八島君は丼から顔を上げる。麻婆豆腐をご飯にかけて丼仕立てにしていたのだ。
「ゴールデンウィークの5月5日は空けておけ。村瀬サンもね」
「あの、なにがあるんですか?」
村瀬さんが不安そうに尋ねる。
麦倉先輩は、
「福祉医療学部のボランティアサークル『いずみ』の皆様が、ここに来られる」
「ボランティア?」
八島君が
「俺、休みの日は時給が発生しないと動けない体なんですよ」
「これを見ろ」
麦倉先輩はスマホをかざした。
覗き込むと、女の子8人が笑顔でピースをしている画像。
「種原山自然公園のゴミ拾いのボランティアをされるのだ。ツイッターで確認した。そのあとは道の駅でバーベキューのご予定だ」
村瀬さんは露骨にどんよりとした表情を浮かべている。
麦倉先輩は気にせず、
「ここ、ここ見て! ”ご協力いただける有志の方のご参加をお待ちしています” そこで俺たちの出番ですよ。八島、理工学部、出会い無いよね?」
「ええ、まあ」
「八島ってしゃべるとクドいけど、黙っていればスポーツマンぽいし、イイことあるかもよ」
気がつけば、麦倉先輩と八島君はスマホの画像に夢中になっている。
これは文句なくカワイイ、この子はお姉さんキャラ、この控えめな眼鏡っ娘もいいですね、なんだよ気が合うな、左の子もう少し化粧を薄くすればいいと思いません? 実際に見てみないと動画と静止画って違うからねえ、とか。
かたわらで黙って聞いていた百川先輩が、
「麦さん、俺も予定無いのでサポートしますよ」
「ありがとモモちゃん。でもね、前回モモちゃんの毒舌に女の子たち引いていたからね。そのあたり気をつけてもらわないと」
「そうでしたっけ?」
「ちょっと心配だけど、まあいいか。ところで俺のお気に入りは ”シーナ” こと久保田椎名たん」
眼鏡の子を指さす。
「心得ました」と百川先輩。
八島君は、
「俺は具体的に何をすればいいんですか?」
「とにかく! みんなは年長者の俺のサポートを第一に考えて動いて欲しい。村瀬サンもね」
村瀬さんは心底嫌そうな顔をしていたが、麦倉先輩がそれに気づいてくれないので、思い切ったように手を挙げて言った。
「私、女の集団は苦手なので、欠席でお願いします」
「えええ? 村瀬サンには女の子同士仲良くなってもらって、今後に繋げてもらおうと思っているのに」
村瀬さんは思いっきり「絶対無理」と首を振る。
百川先輩はそれを見て、
「もっと気楽に考えたら? 面倒になったら途中で帰ってもいいんだし、俺近くでサポートするよ」
村瀬さんは渋々引き受けた。
「途中で帰ってもいいんですね?」と何度も念押しして。
いつもは大人しい村瀬さんが、こんなにはっきり意思表示をするところを初めて見た。
ゴールデンウィークに入ってすぐ、実家に帰った。
お母さんはゴールデンウィーク中も夜勤が続いていて、会えなかった。
1か月ぶりに見る彩ちゃんは、げっそり痩せていて目の下にクマがあった。彩ちゃんはいつも元気で声が大きくて、「ダイエットは明日からね!」が口癖だったのに。
整理整頓が好きで「断捨離!」と言ってはすぐに物を捨ててしまい、お母さんとよくケンカをしていた彩ちゃん。
なのに、ソファーには洋服や洗濯物が放置され、テーブルには書類や封筒が積んであった。
彩ちゃんのあまりの変わりように、後ろ髪引かれる思いだったが、
「また帰ってくるから」
と言い残し、電車に飛び乗った。
コーポ種原に戻ってみると、こちらはこちらで夕飯を早く切り上げ、麦倉先輩が反省会を開いていた。
たんぽぽ食堂のいつものテーブル、みんないつもの定位置に座っている。
私はカウンターで大家さんと一緒に地元テレビのローカルニュースを見ながら、遅めの夕飯を食べた。
今日のメニューはタケノコの炊き込みご飯。ピリリとした山椒の実がアクセント。
大家さんがみんなには内緒でこっそり柏餅をくれた。
私の席にいつも置いてある一輪挿しには、サツキの花がいけてあった。
「まず最初に、モモちゃん。女の子達になんであんなこと言う訳?」
「なんでしたっけ?」
「ショートパンツ生足の子と、ヒールの靴を履いていた子に」
「ああ。今日はゴミ拾いするってわかっていましたよね、わかっていた上でその服装を選んだんですか? と確認しました」
「なんで? いいじゃん、ゴミくらい拾えるじゃん、直接言うかね」
「ゴミ拾いのスタイルって、村瀬さんみたいにジャージにスニーカーが基本ですよね。次回から村瀬さんを手本にして欲しい」
「それからさ、自撮りばっかしている子を露骨ににらんでいたよね、感じ悪くて、もう、ヒヤヒヤした」
「何しに来たんですか? 効率悪いですよね? あなたが自撮りしている間も村瀬さんは黙々と仕事していますよ。そう思って見ていました。口には出さないで相当我慢しましたよ? そこは評価してください」
「一番驚いたのは、福祉医療学部の男が5人も来たこと!」
「それは俺のせいではないです」
百川先輩が首を左右に振った。
八島君が我慢できずに口を挟む。
「麦先輩のお気に入りのシーナちゃん、作業療法学科の男とデキていますよね。すぐにわかりましたよ、あれは絶対ヤって」
「うるさい八島、オマエ、先輩の俺に対し何のサポートもしなかったよね」
「だってサポートしようにも、麦先輩、ストーカーみたいに離れて歩くんですもん、無理ですよ」
「俺を上手く輪の中に入れるのがサポートだろうが、ホント、みんなボランティア精神があるのかね」
どうやらみんなは、純粋にゴミ拾いだけして、バーベキューには参加せず手ぶらで帰ってきたようだ。
そのとき、村瀬さんがテーブルに伏して
「もう……本当に……嫌だった」
「どうした村瀬さん、村瀬さんが一番仕事していて偉かったぞ。もっと自信を持った方がいい。俺は評価した」
百川先輩の言葉に村瀬さんは、
「ああいう、女のエキスを凝縮したような集団が一番怖いんですよ。感情がコロコロ変わって読めないし裏表があるから。笑っていたかと思ったら急に不機嫌になったり、理不尽な理由で嫌ったり裏で悪口言ったりするじゃないですか、あの人種って。怖いから下向いて、ゴミ拾いに集中するしかなかったんですよ」
「……村瀬サン、酔ってる?」
「酔っていませんよ。ああいう子達が苦手で疲れるから理工学部にきたんですよ。あの子達みたいに、女の子らしく明るくはしゃいだりできずにすみませんね、麦倉先輩」
村瀬さんはフラッと立ち上がり出口に向かった。
「いえ、こちらこそ、なんかゴメンなさい、村瀬サン」
村瀬さんの迫力に押され、思わず謝ってしまう麦倉先輩。
食堂の引き戸が閉められ、村瀬さんが遠ざかった頃合いで、
「あの感情の起伏と急降下、エキセントリックな女子そのものじゃないすかね!」
八島君が小声でまた余計なことを言う。