第二十五話 彼らの後始末

文字数 1,354文字

 二階建ての家屋の屋上。
 椅子に縛られた男は、その縁に置かれていた。
 男は半ばパニックになって叫ぶ。

「や、やめろ……! 吐いたら命は助けてくれるはずだったろ!? これじゃあ話が違うじゃねぇかっ!」

 眼下には十数体のゾンビが集まっている。
 さらに彼の叫びに釣られて数を増やしつつあった。
 椅子が倒れれば、男はそこへ落下するだろう。

 男は激しくもがいて抵抗しようとする。
 全身の拷問跡が激しく痛むが、今はそんなことを気にしていられない。
 死の瀬戸際に追い詰められているのだから。

 そんな男の椅子を掴んでいるのはA子であった。
 彼女はぐらぐらと椅子を揺らしながら、楽しげに応対する。

「だから今から解放してあげるよ? ここから落とすから、自由に逃げていいよー。拘束も勝手に解いてね」

「そんな……」

 男は絶望した表情になる。
 最初からA子が逃がす気などなかったと悟ったのだ。

 一方、A子は椅子から手を離してあっさりと男を蹴落とす。

 男は悲鳴を上げながら落下し、すぐに地面に激突した。
 衝撃で椅子が砕けて拘束が解ける。

「う、ぐぅ……」

 男は身体を丸めて呻いた。
 縛られていたせいで受け身など取れているはずもない。
 打ちどころが悪かったらしく、片脚がおかしな方向に折れていた。

 そこへ待ち構えていたゾンビが群がっていく。
 男は必死に抵抗しようとするも、為す術もなく食われ始めた。

 空まで高々と響き渡る断末魔。
 一連の光景を上から見下ろすルフトは横で満足そうなA子に訊く。

「こんなことをする必要はありましたかね……?」

「ん? 愉快だからやったに決まってるじゃん」

「そ、そうですよね……」

 ルフトは質問した自分が悪かったと理解する。

 A子はそういう人間なのだ。
 別に今に始まったことではない。
 そういった性格を知った上で、ルフトは彼女の力に頼っている。

 ルフトは気を取り直して話題を変えた。

「それで最初に向かう場所は決まりましたか?」

 暴徒殲滅の過程に関しては、A子に一連する形となっていた。
 殺人の一点において、ルフトが彼女に勝る要素はない。
 些か不安は感じるものの、彼はあまり気にしないようにしていた。

 付近の暴徒を片っ端から殺し回るという、元から気が狂った提案なのだ。
 常人の発想で口を挟む余地はあるまい。

 A子は手書きの地図を参考に周りを見回すと、少し離れた建物を指差す。

「魔道具専門店、だっけ。まずはあそこを占拠しちゃおうか。ルフト君用の武器とかも見つかりそうでしょ?」

「ああ、確かにそうですね……」

 ルフトは少し驚いたようにA子を見やる。

 一応、A子なりにルフトのことを考慮しているらしい。
 殺戮だけに夢中かと思ったが、暴徒との戦闘でルフトが劣勢だったのを覚えていたのかもしれない。

(A子さんは優しいな……これで人殺しが好きじゃなければ本当に助かるんだけど)

 ルフトはしみじみと思う。

 しかし、現実としてA子は異常者なのだからどうしようもない。
 無駄な望みといえる。

 斯くして目的地の決まった二人は、屋上から室内に戻って出発の準備を始めるのであった。
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