第八十六話 不穏な静寂
文字数 1,271文字
「では、サンプル採取――もとい街の巨悪を倒しに行こうか。この私が人々を救うなど、皮肉にもほどがあるがね。世の中、何が起こるか分からないものだ」
博士は軽い足取りで歩きだした。
そのまま大きな通りを堂々と進んでいく。
目的の割には随分とあっさりとした始まりである。
「さっきの転送装置を使わないのですか? 移動が簡単に済みそうですが」
後ろに付き従いながら、ルフトは博士に質問する。
生存者たちを魔術学園に送った装置を使えば、アルディのもとへも一瞬で行けるのではと彼は思ったのだ。
そうすればわざわざ普通に移動する必要もない。
事態は一刻を争うのだから、使ってしまった方が確実だろう。
疑問を受けた博士は語る。
「あれは便利だが燃費が悪い。先ほど生存者を送った分で充填した分のエネルギーをほとんど使い切ってしまった。まあ、探知機がある限りはウイルス適合者を見失う可能性は非常に低い。元から徒歩移動できる距離なのだから焦ることもないだろう」
そう言われてルフトは納得する。
博士の言う通り、ここから最短距離で向かえば北門まではそこまでかからない。
(他の生存者に危険な道のりを強いるくらいなら、僕が負担した方がいいだろうな……)
少なくとも、博士と同行する以上はただのゾンビに遅れなど取らない。
ルフト自身もミュータント・リキッドが働いて強化されている。
よほどの敵に遭遇しなければ、容易に移動できるはずだ。
二人の進む通りは閑散としていた。
不思議とゾンビは見当たらない。
凝固した血のシミや誰かの手足が転がってはいるものの、動くものはいない状態だ。
その光景にルフトは首を傾げる。
「どうしてゾンビがいないのでしょうね」
「あの場にいた生存者から話を聞いたところ、ウイルス適合者は他のゾンビを操る能力を持つ疑いがある。その力で付近のゾンビを呼んだのなら、ここにいないのも当然だろう。まったく、どこまでも面白い生物だ」
「そういえばゾンビを率いていた感じがありましたね」
ルフトは記憶を遡る。
確かにアルディが奇怪な叫びを上げた直後にゾンビの大群が現れた。
ウイルスに適合した人間だけの特性なのかもしれない。
かなり厄介そうだ、とルフトは思った。
「つまり、あのウイルス適合者と戦う際はほぼ確実に別のゾンビも殺到してくる。別にどれだけ集まろうが私は平気だが、君はくれぐれも気を付けたまえ」
「分かりました……」
ルフトはより一層気を引き締める。
楽観視していたわけではないが、やはり厳しい戦いになりそうだった。
アルディも博士の力を加味して備えているだろう。
どのような手に出るか分からない。
そんなルフトの不安とは裏腹に、その後は不気味なほどに何もない道程が続く。
油断はしないように進んでいくも、やはり何も起きない。
ゾンビどころか暴徒すらも発見できず、それが酷く不気味に思えた。
結局、欠片のトラブルもなく二人は北門のすぐそばに到着する。
博士は軽い足取りで歩きだした。
そのまま大きな通りを堂々と進んでいく。
目的の割には随分とあっさりとした始まりである。
「さっきの転送装置を使わないのですか? 移動が簡単に済みそうですが」
後ろに付き従いながら、ルフトは博士に質問する。
生存者たちを魔術学園に送った装置を使えば、アルディのもとへも一瞬で行けるのではと彼は思ったのだ。
そうすればわざわざ普通に移動する必要もない。
事態は一刻を争うのだから、使ってしまった方が確実だろう。
疑問を受けた博士は語る。
「あれは便利だが燃費が悪い。先ほど生存者を送った分で充填した分のエネルギーをほとんど使い切ってしまった。まあ、探知機がある限りはウイルス適合者を見失う可能性は非常に低い。元から徒歩移動できる距離なのだから焦ることもないだろう」
そう言われてルフトは納得する。
博士の言う通り、ここから最短距離で向かえば北門まではそこまでかからない。
(他の生存者に危険な道のりを強いるくらいなら、僕が負担した方がいいだろうな……)
少なくとも、博士と同行する以上はただのゾンビに遅れなど取らない。
ルフト自身もミュータント・リキッドが働いて強化されている。
よほどの敵に遭遇しなければ、容易に移動できるはずだ。
二人の進む通りは閑散としていた。
不思議とゾンビは見当たらない。
凝固した血のシミや誰かの手足が転がってはいるものの、動くものはいない状態だ。
その光景にルフトは首を傾げる。
「どうしてゾンビがいないのでしょうね」
「あの場にいた生存者から話を聞いたところ、ウイルス適合者は他のゾンビを操る能力を持つ疑いがある。その力で付近のゾンビを呼んだのなら、ここにいないのも当然だろう。まったく、どこまでも面白い生物だ」
「そういえばゾンビを率いていた感じがありましたね」
ルフトは記憶を遡る。
確かにアルディが奇怪な叫びを上げた直後にゾンビの大群が現れた。
ウイルスに適合した人間だけの特性なのかもしれない。
かなり厄介そうだ、とルフトは思った。
「つまり、あのウイルス適合者と戦う際はほぼ確実に別のゾンビも殺到してくる。別にどれだけ集まろうが私は平気だが、君はくれぐれも気を付けたまえ」
「分かりました……」
ルフトはより一層気を引き締める。
楽観視していたわけではないが、やはり厳しい戦いになりそうだった。
アルディも博士の力を加味して備えているだろう。
どのような手に出るか分からない。
そんなルフトの不安とは裏腹に、その後は不気味なほどに何もない道程が続く。
油断はしないように進んでいくも、やはり何も起きない。
ゾンビどころか暴徒すらも発見できず、それが酷く不気味に思えた。
結局、欠片のトラブルもなく二人は北門のすぐそばに到着する。