第四十八話 南門の惨状

文字数 1,756文字

 空中歩行で移動するルナリカに連れられて、ルフトはあっという間に南門に到着した。

 眼下には凄惨な光景が広がっている。
 瓦礫の山と化した建物。
 ゾンビ化した魔物の大群。
 ちらほらと見える赤い染みは死体だろうか。

 まさに地獄絵図。
 人間の生きられる空間ではない。
 おまけに南門は無残にも破壊されており、とても修復できない有様であった。

 ルフトは苦い顔で歯噛みする。

(参ったな……これでは門の封鎖ができない)

 魔物を殲滅したところで、外部と繋がる箇所が解放されたままでは無意味だ。
 いずれ新たな魔物が侵入してしまう。
 ここを塞ぐには別の手段を考えねばならない。

(やはり魔術学園の人たちに協力してもらうしかないか。そのためにも早くここにいる魔物を倒さないと……)

 ルフトが思考を巡らせていると、下方から直径一メートルほどの岩石が飛んできた。
 かなりの速度だ。
 直撃すればただでは済まない。

「ま、まずい……!?」

 ルフトは慌てる。
 しかし、今はルナリカに掴まれて空中にぶら下がっている状態だった。
 身動きが満足に取れず、回避行動もできない。

 すると、目の前に魔法陣が展開され、岩石の衝突を防いだ。
 岩石は粉々になって落ちて行く。
 ルフトは何もしていないので、ルナリカが守ってくれたのだろう。

「ふう、危なかった……」

「ここまで高い位置なら手が出せないと思ったけど、案外やってくるもんだねー。ゾンビも頭を使うんだ」

 感心した風のルナリカは、地上の一角を指差す。

 通りにいる巨人トロールがルフトたちを見ていた。
 醜く肥えた身体を揺らして呻いている。
 その体表は不自然に変色して、青い斑点が浮かんでいた。
 ゾンビ化しているのだろう。

 トロールゾンビの手には大きな木材が掴まれていた。
 崩壊した家屋の残骸か。
 野太い雄叫びを上げたトロールゾンビは、無造作に木材を投擲する。
 狙いはもちろんルフトたちだった。

「まったく、馬鹿の一つ覚えだねー」

 ルナリカは呆れた口調でため息を吐くと、再び魔法陣でガードした。
 さらに三発目の投擲準備をするトロールゾンビを見て、彼女はルフトに確認する。

「もう面倒だからサクサクッと殺るつもりだけど、ルフトっちはどうする? 一緒に戦っちゃう?」

「ル、ルフトっち……? えっと、僕に戦う力はないのですが……」

 ミュータント・リキッドを使えばゾンビ化した魔物にも立ち向かえるが、素の状態のルフトには荷が重い。
 精々、数体のゾンビを自力で倒せれば大健闘といった具合である。

 戦えるなら戦いたい。
 しかし、そのための力がないのがルフトの実情であった。

 それを聞いたルナリカはニヤリと笑う。

「ふーん、つまり力があれば戦うってことね。それじゃあどうぞ」

 ルナリカの手からピンク色の淡い光が溢れ、それがルフトに降り注いだ。
 光はフード付きのローブとなってルフトに纏わり付く。

 ルフトは目を見開いて自分の体を見下ろした。

「こ、これは……」

「マジカルアーマー。一時的に魔法少女の力が使えるよ。欲しいと思った武器を生み出せるし、空を自由に走り回ることだってできる。ゴリラみたいな怪力だって発揮できるね」

 ルナリカは説明しながらルフトの腕を離す。

 落下の予感に慌てるルフト。
 しかし、ガラスの上に乗っているかのように空中で静止できた。
 試しに足を動かすと、地面と何ら変わりなく歩ける。

 ルフトは脳裏に求める武器を思い描いた。
 すると手が発光して鋼鉄の長剣が出現する。
 刃に複数の術式が仕込まれた強力な魔術武器だ。

 ルフトは長剣を握って軽く構えてみる。
 ちょうどいい重量感。
 ローブの効力で膂力も底上げされているようだ。
 感覚としてはミュータント・リキッドを使用した状態に似ている。

「――これなら、戦える」

「よしよし。準備もできたことだし、二人でパーティーを楽しもうかー」

「はい!」

 ステッキで肩を叩くルナリカは、音もなく地上へと落下していく。
 ルフトはその後に続いた。

 待ち構える魔物を前に、彼は少しの恐怖も感じなかった。
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