第三十九話 覚醒

文字数 1,537文字

 岩壁を崩して現れた赤いオーガ。
 ルフトはその場で硬直する。

 オーガとは気性の荒い鬼系の魔物だ。
 知性は低いが怪力で、人間を好んで喰らう傾向にある。
 人を見れば真っ先に突進してくる凶暴な魔物だった。

 目の前のオーガは、瓦礫の上で不自然に佇む。
 死体のように濁った眼。
 時々、手足が不自然に痙攣していた。

(ゾンビ化しているのか……?)

 ルフトはごくりと息を呑む。
 ただでさえ強力な魔物であるオーガがゾンビになり、さらには町中に平然と出現したのだ。
 驚くなという方が無理な話であった。

 オーガゾンビは足元に落ちたゾンビを掴むと、ボリボリと喰らい始める。
 しかし、すぐに吐き出した。
 何やら少し不機嫌そうな様子だ。

 その姿にルフトは眉を寄せる。

(ゾンビは共食いしない……いや、できないのか?)

 新たな疑問を抱くも、生憎と深い考察をできるだけの余裕はない。
 オーガゾンビがルフトを凝視しているからだ。

 睨み合いもそこそこに、オーガはゾンビは突進してくる。
 後先を考えない恐ろしい加速だ。

 直撃すればただでは済まない。
 たとえ再生能力を持っていようが関係ないだろう。
 即座にミンチである。

 ルフトは横っ飛びになって回避に徹する。
 彼の身体ギリギリをオーガゾンビが掠めた。

 オーガゾンビの体当たりが宿屋の壁に炸裂する。
 勢いの弱まらない巨躯は、柱の何本かと梁を粉砕しながら室内へと突っ込んでいく。

 倒れ込んだルフトは戦慄した。

(なんて破壊力だ……ゾンビ化して身体能力が底上げされているのか)

 やがて損壊した宿屋からオーガゾンビが出てくる。
 全身あちこちに刺さった木片。
 それなりに出血しているものの、痛がる素振りはない。
 ゾンビになっているせいで痛覚も機能していないようだ。

「グゴオオオァアアァァッ」

 ビリビリと震える空気。
 オーガゾンビは、雄叫びを上げて殴りかかってきた。

(――来る!)

 ルフトは意識を集中させて軌道を看破する。
 拳を掻い潜り、剣でオーガの膝を横薙ぎに斬ろうとした。

 ところが、斬撃は強い抵抗感と共に刃が弾かれる。
 膝にはうっすらと切り傷のような痕。
 皮膚を浅く裂いた程度だった。

「か、硬いっ……!?」

 驚愕した瞬間、ルフトは腹部に強烈な衝撃を感じる。
 オーガゾンビの蹴りがめり込んでいた。
 ルフトは抗うこともできずに宙に吹き飛ぶ。

 激しく回転する視界。
 彼は受け身も取れずに岩壁に激突した。

「うぐっ……あ、あぁ……」

 ルフトは激痛に呻く。
 体がまったく動かせない。
 全身の骨が折れて、内臓もおそらく破裂していた。
 生きているだけで地獄のような苦痛が襲いかかってくる。

 霞む視界に映るのは、こちらにゆっくりと近付いてくるオーガゾンビ。
 着実に獲物を喰らおうとしていた。
 絶望を感じるかと思いきや、ルフトの胸中に異なる衝動が芽生える。

 微かな燻りから膨らみ上がるそれは、煮え滾った憤怒と殺意だった。

 ルフトは肉体の再生が進むのを知覚しながら無理やり立ち上がる。
 そして、収納の鞄から一本の大剣を取り出した。

「……これは、ミュータント・リキッドが精神面に作用しているから、なんだ……きっと、そうに違いない」

 ルフトは大剣を正眼に構えて、オーガゾンビを見据える。
 持ち手から魔力を流し込み、刃に刻まれた術式を起動させた。

 青い炎が滲み出して刀身を包み込む。
 妖しい輝きは獲物を求めていた。

 速まる鼓動を深呼吸で抑えつつ、ルフトはつぶやく。

「ふざけやがって――絶対に殺してやる」
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