第十九話 異世界の殺戮バッター

文字数 2,064文字

 ルフトは物陰から転がるように飛び出す。

 迂闊だった。
 A子の暴走によって付近のゾンビは彼女の方へ集まるものかと思っていたが、食事中に夢中だった個体もいたようだ。
 かと言ってA子の近くにいすぎるのも危険なので、仕方のない話かもしれない。

「ク、クソッ……!」

 ルフトはすぐ後ろまで来ていたゾンビゴブリンを杖で押し退けた。
 大したダメージはならないものの、咄嗟に距離を開けることには成功する。

 この杖はルフトが学園から持ち出してきたものだ。
 リーチのある武器として採用したのである。
 合金製でとにかく頑丈なのが特徴で、魔術的な効果は薄いが元より適性を持たないルフトには関係がない。

 ゾンビゴブリンたちは、一目散にルフトへ接近してくる。
 通常のゾンビよりも僅かに素早い。
 ルフト一人で倒し切るのはまず不可能だろう。

 このままでは危険だと判断したルフトは、全力でA子のもとへ走りだそうとする。

 しかし、一体のゾンビゴブリンがルフトの腕を掴んだ。
 慌てて杖で殴っても振りほどけない。

(う、まずい……!)

 このままでは引き倒される。
 死を予感したルフトは、腕の辺りに魔力を込める。

「ギギャアアァッ!?」

 次の瞬間、電気の走るような音と共にゾンビゴブリンが弾け飛んだ。
 奇妙な声を上げながら地面を転がっていく。
 死んだわけではないが、ルフトの腕を掴んだ手が黒焦げになっていた。

 ルフトはすかさず逃げ出して、ホッと息を吐く。
 袖をめくるとそこには、銀色の腕輪が填められていいた。

(やっぱり備えはあるべきだな……)

 ルフトの装着する腕輪は、障壁を展開する魔道具だ。
 反射効果まで付与されており、他者が接触した状態だと先ほどのゾンビゴブリンのように吹き飛ぶ。
 魔力を流し込むと発動するタイプで、性能が魔術適性に依存しないのでルフトとの相性は良い。

 腕輪はラミルの私室から拝借したものだ。
 有事に備えて彼が作製して保管してあった。
 他にもいくつかのタイプを拝借してきている。

(ラミル先生、ありがとうございます)

 ルフトは今は亡き教師に感謝しつつ、A子のもとまで走る。

 ゴブリンゾンビたちの移動速度はなかなかに速い。
 短い距離ながらも、何度か捕まりそうになる。
 そのたびにルフトは障壁の腕輪を起動して難を逃れた。

 ルフトは常人の数倍の体内魔力量を誇る。
 無闇に乱発すれば消耗するが、この程度の使用なら問題なかった。

 後ろを注意しながら、ルフトはA子を見やる。

 A子の周りのゾンビは、既にほぼ殲滅されていた。
 やや歪みの酷くなった金属バットを片手に、彼女は下手くそなメロディーの口笛を吹いている。
 案の定、圧勝だったらしい。

 ルフトは迷わずA子に縋り付いて助けを求める。

「A子さん、あっちからゾンビが……!」

「ほーほー、連れてきてくれたんだ。ルフト君は気が利くねー」

 A子は返り血塗れの笑顔でゴブリンゾンビを見た。
 そして目を見開いて舌なめずりをする。

 ルフトはひりつく殺気に驚いて、反射的に彼女から離れた。

 直後、A子は躊躇いもなくゴブリンゾンビたちに突進する。
 金属バットを猛速で振り下ろし、先頭の一体の頭蓋を粉砕した。

「いやっほー!」

 間髪入れずにA子は回転すると、別の一体を殴り飛ばす。

 脳漿をこぼしながら痙攣するゴブリンゾンビ。
 A子は死体を踏み付けてさらに突き進む。

「グルアアアッ」

 ゴブリンゾンビが雄叫びを上げて跳びかかってくる。
 爪による引っ掻きだ。
 掠めるだけで感染の危険を孕んでいる。

「ほいっ」

 A子は紙一重で躱すと、隙だらけのゾンビゴブリンの顔面に肘打ちを炸裂させた。
 ゴブリンゾンビは鼻血を噴き出してひっくり返る。
 そこへ金属バットが叩き込まれて沈黙した。

 A子は素早い動きでゴブリンゾンビを翻弄する。
 不死性を活かした豪快な戦い方の稲荷とは対照的だった。
 曲芸じみた身のこなしで楽しそうに屠っていく。

 そうして殺戮を演じるうちに、ゴブリンゾンビは残り一体となっていた。
 恐怖とは無縁の表情で、ゴブリンゾンビは噛み付きにかかる。

「ふんっ」

 対するA子は、タイミングを合わせて金属バットをフルスイングした。
 渾身の一撃はゾンビゴブリンの横面にぶちあたり、そのまま首を引き千切る。
 高速回転する生首が宙を飛び、遠くの家屋の窓を突き破って消えた。

 それを目にしたA子は、晴れやかな様子で笑う。

「いえーい、ホームラン」

 首を失ったゾンビゴブリンの死体が勢い余って石畳を滑り、ルフトの前で停止した。
 断面からはぶしゅぶしゅと鮮血が漏れ出している。

「…………」

 不思議と吐き気は込み上げてこない。
 スプラッターな光景にも慣れてきたらしい。

 自身の何気ない成長に気付き、苦笑いをするルフトであった。
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