第九十五話 才能ゼロの魔術師

文字数 1,886文字

 ルフトたちが四つの門を封鎖してからおよそ一カ月。

 都市は確固たる安全地帯として発展し始めていた。
 生存者の懸命な努力によって各地のゾンビは駆逐され、暴徒たちも捕縛されている。
 一部は改心して都市の修繕に携わっていた。

 今現在も人材は貴重なものである。
 どれだけいようと足りないくらいだった。

 都市内から空を見上げれば、うっすらと魔術式が見える。
 上空を覆うようにドーム状の結界が展開されていた。
 魔術師たちによる尽力の結果だ。
 これによって空からの侵入も防げるようになっていた。

 都市の各地では瓦礫の撤去と土壌の入念な浄化、耕作が進められている。
 高熱でウイルス汚染に対処できることも判明しており、生存者たちは協力して作業を行っていた。
 おかげで食糧に困ることもなく過ごせている。



 それらの最大の貢献者であるルフトは、都市の外へ出発しようとしていた。
 依然、彼の目的は世界を救うことなのだ。
 平穏な都市を離れるのは辛いが、いつまでも居座っていられない。

 きっと彼にしかできないことがある。
 ゾンビウイルスの根本的な解決を目指して、新たな地へ進まねばならならなかった。

「さて、と……」

 都市の外壁に設けられた小さな通路。
 ルフトはその前に立っていた。

 普段は魔術で厳重に封じられている通路だが、今はしっかりと解放されている。
 ここを抜ければ外へ出られるのだ。
 出発に際して特別に開けてもらったのである。

 ルフトの背後には大勢の人々がいた。
 彼を見送りにやってきた者たちだ。
 冒険者もいれば魔術学園の人間や市民もいる。
 金等級の冒険者であるドランやカレン、学園長の姿もあった。

「外でも頑張れよ! 応援しているぞー!」

「お前ならきっとやれるさ!」

「疲れたら戻ってきてね! それまでにもっと街を発展させておくよ!」

 割れんばかりの声援を浴びながら、ルフトは微笑んで頭を下げる。
 多くは語らない。
 その意志と答えは行動で示すつもりだった。

 ルフトは慣れた手つきで地面に魔法陣を描く。
 何度となく助けられてきた召喚魔術。
 彼は目を細めて懐かしむ。

(今回は誰が来てくれるのか……)

 相変わらずコントロールできない魔術だが、その有用性は言わずもがなである。
 一抹の不安を抱きながらも、ルフトはいつものように召喚魔術を起動させた。

 噴き上がる光の風の濁流。
 猛烈に荒れ狂う魔力の狭間から現れたのは、二つの人影だった。

「やっほーい! 待ちくたびれたよー」

「久しぶりだねェ。ボクのいない間はどんな具合だったかなァ?」

 ジャージを着た黒髪の女が飛び跳ね、狐面を着けた詰襟の少年が問う。
 彼らの手にはそれぞれ、日本刀と草刈り鎌が握られていた。
 異世界人のA子と稲荷である。

「ふ、二人同時に……」

 眼前の光景に、あんぐりと口を開けるルフト。

 まさか一度の召喚で二人を呼び出せるとは思っていなかった。
 極端な負の適性はやはり予想外の結果をもたらすらしい。

 現れたA子と稲荷は、お互いに顔を見合わせる。

「んー? 見慣れない人だけど和風の殺人鬼って感じだねー。よろしく!」

「おやおや。日本人じゃないかァ。こちらこそよろしく頼むよ」

 いきなり殺し合いが勃発するのでは、とルフトは警戒したが、意外にも両者のやり取りは常識的なものだった。
 異常者同士、ある種のシンパシーを感じているのかもしれない。

 ひとまず問題なさそうだと判断したところで、ルフトは見送りの人々に手を振って通路を歩きだす。
 すぐにA子と稲荷もついてきた。
 二人がいて困ることはない。
 むしろこの上なく心強かった。

「私、A子って言うの。ねぇねぇ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、この刀の切れ味を確かめさせてくれない? ゲットしたばかりだから、早く試し斬りがしたくて、ね」

「ボクの名前は稲荷。試し斬りか。そいつは名案だねェ――ついでにボクもこの鎌を使ってみようかな。なに、すぐに済むさ。間違って首を落としたらご免よ」

「ちょ、ちょっと! 安心したそばから物騒なことはやめてくださいよっ!?」

 好き勝手に騒ぎながら、ルフトたちは外の世界へと飛び出す。



 斯くして一つの都市を救った落ちこぼれの青年は、新たなる旅に出た。
 果てしない絶望の先には何が待ち受けるのか。
 芽吹いた希望は刻々と育まれるのか。

 彼の迎える結末は、まだ誰も知らない。
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