第八十九話 霧払いと一騎打ち

文字数 1,394文字

 走るルフトは、遠くのアルディを見据えた。
 猛然と接近してくるゾンビによって進路は塞がれている。
 その壁は果てしなく厚い。
 容易に突破できそうにない。

 それでもミュータント・リキッドで強化された状態なら行けるはずだ、とルフトは考えた。
 多少の怪我なら再生能力で瞬時に治癒し、感染したとしても体内に混入したウイルスは駆逐される。
 魔剣を使った強引な攻撃もできるだろう。

 そう判断したルフトがゾンビに斬りかかる寸前、博士が横から手で制してきた。

「張り切っているところ悪いが、ここは私に任せてもらおう」

 博士は懐から三十センチほどの金属棒を取り出した。
 側面のボタンを押すと、先端から無数の光弾が発射される。

 光弾は吸い込まれるように滑空し、次々とゾンビの群れに炸裂した。
 白炎を伴って噴き上がる大爆発。
 直撃したゾンビたちは四肢を吹き飛ばされ、或いは高熱によって炙られ炭化する。
 その威力は絶大で、抗うこともできずに蹂躙されていった。

 際限なく光弾を飛ばしながら、博士は冷静に解説する。

「これは”ソーラー・バレッツ”といって、吸収した光エネルギーを圧縮加工して撃ち出す兵器だ。テレポート対策とは言え、空間を弄れないとこのレベルを使わざるを得ない。難儀なものだ」

 博士は愚痴っぽく嘆く。
 言葉とは裏腹に、周囲のゾンビは高密度の爆撃によって攻めあぐねていた。
 近付いた個体から容赦なく光弾を叩き込まれているのだ。
 その発射速度は段々と上昇しており、牽制以上の効果を発揮している。

 さらに博士は、駄目押しとばかりに別の兵器もいくつか使用した。
 放射されたレーザービームが屍肉の壁を薙ぎ払い、不可視の音波がゾンビたちを体内から破壊する。
 その間、博士は涼しい顔で殺戮兵器を操っていた。

 ルフトはやや引き気味に苦笑する。

(一体、どこが不満なのだろう……)

 ルフトの場合、こうも簡単にはゾンビを倒せない。
 攻撃手段の限られている彼は、魔剣でひたすら斬り倒すしかないからだ。
 突破自体は不可能ではないものの、ここまで効率的には行くまい。

 それはともかく、これはまたとないチャンスである。
 障害となるゾンビの大群は、すべて博士に任せられるのだから。
 今ならアルディへの接近も容易い。

「ここはお願いします!」

 ルフトは博士にそう頼み、切り開かれた道を駆け抜ける。
 時折、接近してきたゾンビだけを魔剣で斬り払った。

 そして廃材の山――つまり玉座に腰かけるアルディの眼下まで辿り着く。

「――フフッ」

 にっこりと笑みを深めるアルディ。
 鋭利そうな牙が覗く。
 ちろりと見えた舌が、唇に付いた血を舐め取った。
 直前まで誰かを捕食していたらしい。

「…………」

 ルフトは硬い表情で見上げる。
 もはや交わす言葉などない。
 ここまで来たら互いのやることは一つであった。

 ルフトは廃材の山を駆け上る。
 不安定な足場を力強く踏み込んで突き進む。
 魔力を通した魔剣の刃が赤熱して炎属性を帯びた。
 再生能力を阻害する力である。

 対するアルディは、回転刃の魔剣を掲げて跳び下りてきた。
 兜を被ったことによって顔は見えなくなる。
 しかし、スリットの奥にある双眸は、この上ない愉悦を物語っていた。
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