第七十七話 阻止される鬼札

文字数 1,002文字

 猛速で迫り来るアルディ。
 高音で囀って鋸状の刃を回転させる魔剣。
 その一太刀を避けるのは困難――否、ルフトには不可能だった。

 刹那、眼前まで至ったアルディが稲妻のように剣を振り下ろしてくる。

 鼓膜を打つような硬い衝突音。
 アルディは意外そうな表情で感心する。

「へぇ、なかなかやるね」

 その刃はルフトに達していなかった。
 両者の間に半透明の障壁が生まれたからだ。
 障壁の腕輪による防御である。

 ただ、アルディの剣は絶えず刃を高速回転させて切り付けていた。
 その圧倒的な破壊力を前に、堅牢な障壁にヒビが走る。
 おそらく持って数秒といったところだろう。

 その光景にルフトは焦る。

(この人はとんでもなく強い……! 一体どうすればいいんだ)

 吹き飛ばされたせいで魔法陣はアルディの背後にあった。
 起動させることは叶わない。
 無理に試みれば、斬り殺されることが目に見えていた。

 かと言って、相手は白銀等級の冒険者だ。
 まともに戦うことは難しく、ここまで追い付かれたことから逃走もできまい。

(もう、あれに頼るしかない!)

 ルフトは収納の鞄に手を伸ばし、中身を必死に漁る。
 最後の手段として温存していた切り札。
 今こそ使う時だろう。

 そうして彼が一本の注射器を取り出すのと障壁が突破されるのは、奇しくも同じタイミングであった。

 ぱきん、と障壁の腕輪が砕ける。
 あまりに強力な攻撃を受けた反動で壊れたのだ。

 ルフトは気にせず注射器を腕に打ち込もうとする。
 その寸前、下からの蹴り上げを鳩尾に食らい、ルフトは壁に激突した。

 手から離れた注射器がくるくると回しながら床に落下し、軽い音を立てて割れる。
 中身の青い液体がじわじわと零れて広がった。

「ガ、ハッ……うぅ……」

 倒れたルフトは腹を押さえて悶絶する。
 芋虫のように身体を丸めていた。

 あまりの激痛に動けない。
 肋骨の折れた感覚もある。
 内臓にもダメージが入ったかもしれない。

 霞む視界。
 揺れる人影が肩をすくめた。

「妙なことをしちゃ駄目だよ。僕だって不必要に苦しめたくないんだ。大人しくしてほしい」

「ぐぅ……あ……」

 痛みに呻くルフトは、辛うじて目を凝らす。

 ぎらぎらとした眼差しを向けてくる紫瞳。
 アルディは満面の笑みを浮かべていた。
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