第六十九話 新たな依頼

文字数 1,491文字

 数時間後、ルフトは深い眠りから目覚めた。
 欠伸を漏らしながら上体を起こし、周りを見回す。

 様々な物品が好き勝手に置かれていた。
 整理の概念が忘れ去られた雑貨店の室内である。

 次にルフトは窓の外に目を向けた。
 やや薄暗い人工的な灯り。
 岩山の内部は時間経過を窺わせない。
 ここで生活を続けていたら鬱屈した気分になりそうだ、とルフトは思った。

「ふう、よく寝たな……」

 立ち上がったルフトは、ぐっと伸びをする。
 体内魔力はすっかり回復していた。
 疲労もほどほどに取れている。
 この分なら問題なく活動できそうだ。

 ただし、今は召喚魔術を使わないでおく。
 魔力の浪費はしたくない。
 いざという時まで温存するのだ。

 それに、この場で新たな異世界人を呼び出すと、余計な混乱を招く恐れがある。
 どんな存在が現れるか分かったものではない。
 これまでの面々を思い出したルフトは、軽い胃痛を覚えた。

「……生存者の人たちが殺されたら洒落にならないもんな」

 あまり考えたくないことだが、十分に有り得る話なのだから油断ならない。
 負の適性によって召喚される者とは、つまりはそういう人種なのだから。

 身支度を済ませたルフトは、そろりと雑貨店を出る。
 休息が終わった後、ドランと話をする約束だった。
 彼の居場所を聞かねばならない。

 ルフトはさっそく近くの冒険者に声をかける。

「すみません。ドランさんがどこにいるかご存知ないですか?」

「ああ、ドランなら冒険者ギルドの事務室にいるはずだ」

「ありがとうございます」

 礼を言ったルフトは、足早に冒険者ギルドの建物を目指す。
 とは言っても岩山の内部にある建物の総数はそれほど多くない。
 冒険者ギルドともなればルフトにもすぐ分かった。

 そこは木造二階建ての立派な建物だった。
 魔術学園の生徒であるルフトには縁のない場所ではあったが、パンデミック以前にもなんとか前を通りかかった覚えがある。

 ルフトは何人かの冒険者をすれ違いながらギルドに入り、指示された部屋へと赴く。
 閉め切った扉をノックしてから名乗った。

「ルフトです」

「おお、入ってくれ」

「失礼します」

 ドランの声を受けて、ルフトは入室する。

 室内には、ローテーブルを囲んでソファに座るドランと数人の冒険者がいた。
 テーブルの上には数枚の書類があり、色々と書き込んだ形跡がある。
 何事かについて議論を交わす最中だったらしい。

(タイミングが悪かったな……)

 若干後悔するルフトをよそに、生存者たちはさりげなく退室していった。
 予め打ち合わせしていたことなのだろうか。
 あっという間に部屋の中は、ドランとルフトの二人だけとなる。

 ドランは親しみの感じられる笑みを浮かべた。

「よく休めたか?」

「はい、おかげさまで」

「そいつは良かった。さっそくだが座ってくれ」

 ルフトは頷いてソファに座った。
 特に緊迫した雰囲気ではないものの、なんとなく気を張ってしまう。
 おそらく大事な用件であると分かっているからかもしれない。
 場の空気からそれが察せられた。

(一体、何を言われるのだろう……)

 胸中で考えを巡らせるルフト。
 あまり見当が付かない。

 室内にやや長めの沈黙が流れる。
 それを破ったのは、ドランの発言であった。

「単刀直入に頼もう。俺たちのグループが、この街から脱出するのを手助けしてほしい」

 そう言ってドランは、ルフトに対して深々と頭を下げた。
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