第七十六話 油断なき捕食者

文字数 1,688文字

 落下してくるアルディ。
 彼の内包する魔力が爆発的に高まる。

 同時に彼の持つ剣にも変化がもたらされた。
 剣身に沿うようにしてびっしりと無数の小さな刃が発生する。
 魔力で構成された刃だ。
 それらが澄んだ高音を鳴り響かせながら、剣身の縁を走るように高速回転を始める。

 目にも留まらない凄まじいスピードだ。
 少しでも触れれば、回転する刃によってたちまち切り裂かれるだろう。
 奇妙な形状の剣は、元よりこのための構造だったのである。

 ルフトは、アルディの二つ名”烈刃”の意味をようやく悟った。

 地面に着地したアルディに対し、剣を振りかぶったドランが真っ先に接近する。
 炎のように激しく光り輝く刃。
 こちらも魔力によるものだ。

 ドランは剣を一閃するも、アルディは悠々と剣で防ぐ。
 高速回転する刃と赤熱する剣が衝突し、連続で金属音を響かせた。

 鍔競り合いを演じる最中、アルディは微笑む。

「さすがは”熱剣”のドラン。まだ腕を上げたね」

「黙れ、この外道がッ! あれだけ優しく気高かったお前はどこにいったんだよ……!」

 ドランは悲痛さと怒りがない交ぜになった表情だった。
 それでも剣筋は鋭く、一縷の隙もなく果敢に攻め立てていく。

 さらに横合いから巨大な拳がアルディを襲う。
 体長二メートルほどの土のゴーレムだ。

 アルディはひょいと身を躱しながら後退する。

「君もいたことを忘れていたよ、カレン。ただ、食えないゴーレムを寄越すのはやめてほしいな」

「……本当に、変わってしまったのね」

 暗い顔をするカレンはそれだけ言うと、小さな声で詠唱を紡ぐ。
 周囲の地面に無数の隆起が生じ、それらが膨らんでゴーレムとなった。

 ゴーレムたちは恐れもなくアルディに突進する。
 ドランも剣を持って同じく攻撃を仕掛けた。

 その際、彼はルフトにアイコンタクトを送る。
 意味深な視線だった。

(もしかして時間を稼いでくれているのか……?)

 ルフトはドランとカレンの意図を理解する。
 二人がアルディを足止めしている間に、異世界人を呼んでほしいということらしい。

 そう分かるや否や、ルフトは急いで回れ右をして駆け出した。
 さすがにこの広々とした場所での召喚魔術は望ましくない。
 あちこちにゾンビが跋扈しているのだ。
 少し離れた地点で、確実に起動させなければいけない。

 アルディと共に落下してきたゾンビたちのせいで、周囲は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 人々はゾンビに襲われて悲鳴を上げながら死に、そしてゾンビとして蘇る。
 ゾンビ化した魔物も混ざっており、冒険者たちの抗戦もあまり効果的ではなさそうだった。

(すみません、後で必ず助けに行くので!) 

 心の中で謝りながら、ルフトは彼らの間を走り抜けて逃げる。
 今のままでは無力な青年に過ぎないのだ。
 助けたくとも助けられない。

 そうしてルフトは転がるようにして目に付いた家屋へ駆け込む。
 扉を閉めて家具を倒して塞ぐ。
 ゾンビ相手ではあまり持たないだろうが、やらないよりはマシだろう。

 さっそくルフトは召喚魔術の準備に入った。

「大丈夫だ、落ち着け……いつも通りでいいんだ」

 屋外から聞こえる断末魔と悲鳴、そして虚ろな呻き声。
 焦燥感が手元を狂わせようとする。

 それでもどうにか魔法陣は完成した。
 ルフトは血を垂らして召喚魔術を起動させようとする。


 ――次の瞬間、家屋の壁がいきなり爆発した。


 衝撃で吹き飛ぶルフト。
 彼は反対側の壁にぶつかり、倒れてきた調度品の下敷きになる。

「うっ……な、なんだ……?」

 ルフトは痛みに耐えながら這い出る。

 濛々と土煙の立ち込める室内。
 その奥に覗くのは、ぎらついた紫色の瞳。
 魔剣を提げし英雄アルディ・ライトハイドが現れる。

「君が誰だか知らないけど、そんな魔力量の人間を放っておくはずがないだろう?」

 諭すように言いながら、アルディはルフトに斬りかかってきた。
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