第五十五話 軍服骸骨

文字数 1,892文字

「え……?」

 ルフトは呆然とした表情で目をこする。
 眼前の光景を信じられなかったのだ。
 何度か瞬きをした後、ルフトはまじまじと魔法陣で呼び出されたモノを見る。

 擦り切れた黒い上下の軍服。
 緩んだシャツの隙間から覗く肋骨。
 どう見てもただの白骨死体であった。

「ど、どうしてこんなことに……」

 これまで人外の異世界人を召喚したこともあったが、まさかこんな結果になるとはルフトも予想外だった。

 とは言え、冷静に考えれば有り得ない事態でもなかろう。
 ルフトの行使する召喚魔術は、負の適性による致命的失敗が振り切った結果なのだ。
 今回のように「何の変哲もない白骨死体を呼び出す」というのも相当な失敗と言える。

 貴重な魔力を浪費したことに、ルフトは少なからず落胆する。

「一人で東門の制圧に向かうか? いや、それは危険だ。もったいないけれど魔法薬で魔力を回復するしか――」

『何処だ……ここは』

 どうしたものかとルフトが悩んでいると、唐突にしゃがれた声がした。
 視線を動かせば、身を起こした人骨が首を動かして辺りを見回している。
 どういう仕組みなのか、この人骨が言葉を発したようだ。

 人骨はむくりと自然な動作で立ち上がった。
 コキリ、と首の骨が鳴る。
 その落ち着いた佇まいには、確かな知性が窺えた。

 動く人骨を目にしたルフトは目を丸くする。

(もしかして、スケルトンか!)

 スケルトンとはアンデッドの一種で、主に死霊術で蘇った白骨死体の魔物を指す。
 人型のアンデッド系の中では最下級に近い。
 スケルトンロードのような上位種なら強大な力を有するが、ルフトの召喚した人骨からはそれらしき雰囲気は感じられない。
 内包する魔力も非常に微弱なものだった。

(異世界のスケルトンか。しかし、これだと……)

 ルフトは微妙な表情をする。

 ただの人骨を召喚したわけではないと発覚したが、やはりスケルトンは弱い魔物だ。
 退魔の魔術どころか、日光に晒されるだけで朽ちかねないほどである。
 直前に呼び出したのが絶大な力を誇る魔法少女だっただけに、期待を裏切られた心境だった。

(いや、ルナリカさんと同等を求めるのは高望みしすぎだ。今は誰でも協力してくれるだけでありがたい)

 やや落ち込んだルフトは、前向きに考え直す。

 孤立無援の中、アンデッドの魔物が仲間になってくれるのは大きい。
 たとえこれまでの異世界人のように非常識な強さを持っていなかったとしても、戦略次第では十二分に活躍してくれるはずだ。
 今まで純粋な力押しだけでゾンビを殲滅できていた方がおかしいのである。

 それに相手は異世界のスケルトンだ。
 ルフトの知識にあるスケルトンとは性質が大きく異なるかもしれない。
 加えて喋ることができるのだから、意思疎通は可能だろう。

 あとはルフトが頭を働かせて作戦を立てればいい。
 まだマジカルアーマーの効果が持続中なので、彼自身も率先して戦うことができる。

 気持ちを切り替えたルフトは、スケルトンに話しかける。

「あの、大丈夫ですか?」

『別に問題ないが……君は何者だ』

 スケルトンは落ち着いた様子でルフトに問い返す。

 ぽっかりと空いた眼窩。
 目玉はないのに不思議と視線を感じる。

 若干の気味の悪さを覚えつつ、ルフトは事情を説明した。

「――というわけで、この町を救うために協力してもらえないかと思いまして……」

 話を終えたルフトは、ちらりとスケルトンの様子を窺う。

 腕組みをするスケルトンは微動だにしない。
 骨なので表情は変わらず、何を考えているかは不明だった。

 沈黙が続くこと数分。
 胸に拳を当てたスケルトンは、顎を鳴らして頷く。

『これも何かの縁。小官にできることなら力を貸そう』

「ありがとうございます、えっと……何とお呼びすればいいでしょうか」

『小官のことは……そうだな、シナヅと呼んでほしい。よろしく頼む』

 骨の手を差し出すシナヅ。
 そこには親しみと純粋な誠意が感じられた。

(この人は常識人のようだ)

 ルフトは握手を求めるシナヅの姿に安堵する。
 外見のインパクトは強いものの、その性格は今までの異世界人の中でも穏やかなものらしい。
 生真面目そうな口調にも好感が持てる。
 戦闘時に豹変する可能性が残されているが、ひとまず頼りにできそうだった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 微笑むルフトは、骨の手をしっかりと握り返した。
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