第九十一話 変貌

文字数 1,509文字

 アルディは顔に刻まれた傷に触れる。
 醜く焼け爛れ、なかなか治る兆しが見えない。
 ルフトの魔剣の炎属性によるダメージだ。
 ゾンビウイルスによる再生力が明らかに弱まっていた。

(これはチャンスだ……)

 その姿にルフトは勝機を見い出す。
 無敵かと思われたアルディだが、魔剣の斬撃は効くことが判明したのだ。
 事前に博士から推奨されてはいたが、その有効性を実際に目にできたのは良い。

 しかも損傷部位は片目。
 戦闘においてかなりのアドバンテージだろう。

 幸いにも周囲のゾンビは襲ってこない。
 時折、そういった挙動を見せる個体もいたが、すぐさま光線や爆弾で惨殺されていた。
 言わずもがな、博士の仕業である。
 ルフトがアルディとの対決に集中できるように配慮してくれているらしかった。
 あまりにも心強いサポートだ。

(博士、ありがとうございます……)

 心の中で礼を述べながら、ルフトはアルディに攻撃を仕掛けた。
 彼のアルディの潰れた片目を利用した立ち回りを意識する。
 執拗に動き回って彼の視野に映らないように努めた。

「はっは、なかなか小癪だね……」

 しかし、苦笑するアルディは隻眼の状態でも堅実に対応してくる。
 先ほどのように派手な反撃はしてこない。
 魔剣の再生阻害を警戒すると同時に、片目の再生を待っているようだ。

 故にルフトはしつこく攻め立てた。
 ここで片目が再生してしまうと一気に厳しくなる。
 それまでになんとか勝負を決したかった。

「うらぁッ!」

「くっ……」

 強化身体能力に任せた連続斬り。
 それがアルディの鎧を叩いた。

 衝撃にたじろぐアルディ。
 致命的な隙が硬直という形で生まれる。

(――ここしかないッ!)

 確信したルフトは、続けざまに魔剣を振るう。
 狙うは首筋。
 いくら再生能力があるとは言え、首を刎ねてしまえばどうしようもあるまい。

 そのまま魔剣が炸裂するかと思われたその時、硬い感触が斬撃を拒んだ。
 ルフトは目を丸くする。
 魔剣の軌道を妨げるようにして、空中に魔力の盾が浮かんでいた。
 渾身の斬撃は寸前でガードされたのだ。

(しまった! 鎧に付与された術式か……!)

 ルフトがそう気付くのと同時に、アルディが悠々と身構える。
 鎧から噴き散る魔力の光。
 目にも留まらぬ高速駆動を発揮したアルディは、反応できていないルフトを横合いから斬り付けた。

「うあっ……!?」

 肩から脇腹にかけて走る激痛。
 ルフトは必死に反撃しようとするも、その前掴まれて投げ飛ばされた。
 彼の身体は弾丸のように遠くの家屋群に突っ込む。

「同じ戦法を食らった気分はどうだい? なかなか不愉快だろう」

 連鎖的に倒壊する家屋群を眺めながら、アルディは嬉々として皮肉る。
 以前、ルフトが障壁の腕輪を使ったことを揶揄しているのだろう。
 上機嫌に微笑むアルディだったが、再び現れたルフトを見て怪訝な表情をする。

「……なんだ、あれは?」

 土煙の中、崩れた建材から這い出てきた血塗れのルフトは、奇妙な雰囲気を纏っていた。
 その手に握られるのは魔剣と小さなガラス瓶。

 ルフトは一心不乱に何か咀嚼していた。
 ぼりぼりと何かを噛み砕く音が鳴る。
 口から零れたのは、錠剤の欠片だった。

 ――ドミネーションZ・タイプオーガ。

 新たな切り札を摂取したルフトは、アルディに焦点を合わせる。
 淡い赤に変色した瞳が、異様な光を以て輝いている。

「……行くぞ」

 小さな呟きと共に、ルフトは弾かれたように駆け出した。
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