第三十五話 宿屋の攻防
文字数 3,585文字
ルフトは助走を付けて跳躍した。
独特の浮遊感。
緩やかな放物線を描いて、宿を囲う岩壁の上に着地する。
「本当にできた……」
ルフトは岩壁の高さを確認しながら驚く。
特に考えもなくジャンプしたところ、楽々と岩壁を突破できてしまった。
獣人族すら凌駕しそうな身体能力だ。
一方、博士も岩壁に跳び上がってくる。
彼の場合は伸ばした触手による移動だった。
博士は余裕綽々といった態度でルフトの隣に降り立つと、宿屋をじっと観察し始める。
「ふむ。建物自体にも工夫があるな。助手、説明したまえ」
「えっ、は、はい!」
助手と呼ばれたルフトは、慌てて宿屋の外観に注目する。
宿屋は木造建築の二階建ての平凡な造りをしていた。
ただし、窓は木の板で入念に塞がれている。
さらによく見ると、各所に魔道具や魔法陣が施されていた。
侵入者対策のトラップだ。
迂闊に起動させればただでは済まない。
ルフトは遠目に術式の種類を見定める。
「……触れたり衝撃が加わると、攻撃魔術が起動する魔道具と魔法陣が大半ですね。一部は防護結界で守りを固めています。かなり堅牢な仕掛けです」
「なるほど。外敵を想定した妥当な設備だ。俄然、潰し甲斐があるというものだ。ほら、もう見つかった」
話の途中で博士は指を差す。
宿屋の屋根の上に弓矢を持った男がいた。
見張りの者らしい。
男は片膝を立てて構えを取ると、すぐさま矢を放ってくる。
輝く鏃。
魔術を付与しているようだ。
ルフトは意識を集中する。
途端に周囲の動きが緩慢になった。
正確な狙いの矢は、真っ直ぐにルフトの胸に迫る。
通常時なら反応すらできずに射抜かれていただろう。
(でも、これなら避けられる……!)
引き延ばされた意識の中、ルフトは飛んできた矢を躱す。
さらに反撃としてハンマーを投擲した。
回転するハンマーは、弓使いの額を陥没させる。
即座に昏倒した弓使いは屋根から転げ落ちた。
それっきり動かない。
もしかするとまだ生きているかもしれないが、少なくとも当分は動けまい。
武器を消費したルフトは、収納の鞄から剣を取り出した。
「さて、どこから侵入しようか……」
魔道具や魔法陣の仕掛けられた場所には近づけない。
専用の道具があれば解除も望めるが、生憎と手持ちにはなかった。
そうなると、安全な入口を探さねばならない。
ルフトが侵入経路を目で探していると、博士が前に進み出た。
「どれ、手を貸してあげよう」
博士は懐からキューブ状の小さな金属製の箱を取り出す。
表面に付いたボタンを押すと、宿屋の一角に投げた。
「今のは、何ですか?」
「黙って待ちたまえ。すぐに分かる」
数秒後、前触れもなく宿屋の壁が爆発した。
ばらばらになって飛び散る木材。
衝撃で魔法陣と魔道具が誤作動を起こし、雷撃や暴風を発現させる。
「クッソ、痛ぇ! なんだ、何が起こったんだ!?」
「俺のッ! 俺の腕がッ!」
「うぅ、誰か……助けてくれ……」
濛々と上がる煙の中から、苦痛を訴える声が聞こえてきた。
不運にも爆発の巻き添えとなった者がいたらしい。
同時に建物内がにわかに騒がしくなる。
宿屋の状況をよそに、博士は悠々と語りだした。
「斥力爆弾だ。重力エネルギーを利用して、半径三メートルの物体を吹き飛ばす。純粋な破壊のみで環境を汚さないクリーンな爆弾だよ。おまけに今の爆発で穴ができたから簡単に侵入できる」
「そ、そんなこと言っている場合じゃないですよ!」
爆破でぶち抜かれた穴から、続々と暴徒が現れてきた。
彼らはルフトたちを見つけると、魔術と矢で攻撃してくる。
「ま、まずい……!」
ルフトは障壁の腕輪でガードした。
魔力の壁により、甲高い音を立てて攻撃は弾かれる。
博士はルフトの背後に隠れて告げた。
「さて。突破口は作った。あとは君が処理したまえ。あまり私の手を煩わせてくれるなよ」
「……了解ですッ」
ルフトは急いで岩壁を下りて迎撃へ向かう。
多数の敵に突っ込むのは無謀だが、博士の機嫌を損ねる方がよほど危ない。
展開した障壁で攻撃を防ぎながら接近していく。
(人殺しは気が乗らないけど仕方ないっ!)
着地したルフトは、一番近くにいた魔術師に跳びかかった。
「ぐっ……!」
魔術師は慌てて詠唱をする。
ルフトは口の動きからそれが水属性の防御魔術だと看破した。
発動されると斬撃が通りにくくなって少々厄介になる。
瞬時に判断したルフトは、臆せず一気に距離を詰めて袈裟切りを放つ。
刃がローブを着た胴体を斜めに薙いだ。
血を噴き出す魔術師を横目に、ルフトは次の敵へと駆ける。
「ハァッ!」
烈火の気合いを込めて、革鎧を着た二刀流の女が飛び込んで来た。
左右から挟み込むような斬撃。
無駄のない滑らかな動きだ。
平常時ならまず対処できない。
(だけど、今の状態なら問題ないッ!)
ルフトは強化された動体視力と反射神経で相手の攻撃を見極める。
彼は迫る片方の刃を剣で逸らし、もう片方は障壁の腕輪で防ぎ切った。
さらに、驚愕する相手の顎を蹴り上げる。
「んげあっ!?」
二刀流の女は、折れた歯を吐き出しながらバク転した。
受け身も取れずに地面をキスをする。
三人目へと意識を移そうとした瞬間、ルフトは悪寒を覚えた。
彼は直感に従ってその場で屈む。
同時に後頭部を何かが掠めた。
ルフトは素早く視線を動かして正体を確かめる。
そこには金属鎧を纏った筋骨隆々な大男が仁王立ちしていた。
手には棍棒が握られている。
先端に鎖で繋がれた鉄球が付いていた。
フレイルと呼ばれる武器だ。
ルフトは周囲を見やる。
屋外にいる暴徒はフレイル使い以外にいない。
他の者は宿屋の中で待ち構えているようだ。
ひとまず別の人間から不意打ちされる可能性は低そうだ、とルフトは判断する。
損壊した宿屋を前に対峙する両者。
先に動いたのは、またしてもフレイル使いだった。
「ヌンッ!」
フレイル使いが拳による殴打を繰り出す。
いち早く反応したルフトは飛び退いて回避した。
勢い余った一撃が岩壁に炸裂し、命中箇所が爆散する。
岩壁が瓦礫となって崩れた。
それを目にしたルフトは冷や汗を流す。
(素手でこの威力か……一撃でも食らえば致命傷だな)
しかし、ここで逃げるという選択肢はなかった。
岩壁の上から視線を感じるからである。
博士だ。
異形頭の異世界人が、こちらのやり取りを傍観をしているのだ。
不用意な真似はできない。
(あまり待たせるとまずい。何をされるか分かったものじゃないな)
焦燥感を胸に、ルフトはフレイル使いに斬りかかった。
フレイル使いは彼の接近に合わせて腕を振るう。
横合いから鉄球が猛速で襲いかかってきた。
絶妙なタイミングだ。
回避は難しい。
ルフトは剣で防ごうとする。
すると、鉄球の軌道が急変した。
鉄球がルフトの頭上を通り過ぎて回転する。
その過程で鎖が剣に絡まった。
「な、なんで……!?」
ルフトは慌てて剣を動かそうとする。
ところが、ギチギチと金属の擦れる音がするばかりで叶わない。
(――しまった!)
フレイル使いの狙いはこれだったのだ。
しかし気付いた時には遅い。
「ヌゥンッ!!」
フレイル使いは鎖を掴み、高々と引っ張り上げた。
剣を持っていたルフトも一緒に中空へ投げ出される。
凄まじい怪力が為せる荒業だ。
浮遊感も一瞬に、ルフトは急速な勢いで近くの岩壁に叩き付けられた。
「ガハッ……!」
岩壁が爆散し、土煙が舞い上がる。
瓦礫と共に地面に転がったルフトは、丸まって吐血した。
手足が震える。
全身あちこちの骨が折れていた。
ともすれば気を失いそうな激痛だが、それらのダメージは速やかに薄まっていく。
不思議に思ったルフトは、すぐにその現象の正体を悟った。
(そうか、再生能力だ……!)
ミュータント・リキッドを注射された当初、ルフトは瀕死状態から復活した。
その効果が今も継続していたらしい。
ルフトはふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
彼は傍らに落ちていた剣を拾った。
半ばから折れているが、まだ使えそうだ。
相手の殺す分には事欠かない。
「…………行くぞ」
口の中に溜まった血を吐き捨て、ルフトはフレイル使いに跳びかかった。
独特の浮遊感。
緩やかな放物線を描いて、宿を囲う岩壁の上に着地する。
「本当にできた……」
ルフトは岩壁の高さを確認しながら驚く。
特に考えもなくジャンプしたところ、楽々と岩壁を突破できてしまった。
獣人族すら凌駕しそうな身体能力だ。
一方、博士も岩壁に跳び上がってくる。
彼の場合は伸ばした触手による移動だった。
博士は余裕綽々といった態度でルフトの隣に降り立つと、宿屋をじっと観察し始める。
「ふむ。建物自体にも工夫があるな。助手、説明したまえ」
「えっ、は、はい!」
助手と呼ばれたルフトは、慌てて宿屋の外観に注目する。
宿屋は木造建築の二階建ての平凡な造りをしていた。
ただし、窓は木の板で入念に塞がれている。
さらによく見ると、各所に魔道具や魔法陣が施されていた。
侵入者対策のトラップだ。
迂闊に起動させればただでは済まない。
ルフトは遠目に術式の種類を見定める。
「……触れたり衝撃が加わると、攻撃魔術が起動する魔道具と魔法陣が大半ですね。一部は防護結界で守りを固めています。かなり堅牢な仕掛けです」
「なるほど。外敵を想定した妥当な設備だ。俄然、潰し甲斐があるというものだ。ほら、もう見つかった」
話の途中で博士は指を差す。
宿屋の屋根の上に弓矢を持った男がいた。
見張りの者らしい。
男は片膝を立てて構えを取ると、すぐさま矢を放ってくる。
輝く鏃。
魔術を付与しているようだ。
ルフトは意識を集中する。
途端に周囲の動きが緩慢になった。
正確な狙いの矢は、真っ直ぐにルフトの胸に迫る。
通常時なら反応すらできずに射抜かれていただろう。
(でも、これなら避けられる……!)
引き延ばされた意識の中、ルフトは飛んできた矢を躱す。
さらに反撃としてハンマーを投擲した。
回転するハンマーは、弓使いの額を陥没させる。
即座に昏倒した弓使いは屋根から転げ落ちた。
それっきり動かない。
もしかするとまだ生きているかもしれないが、少なくとも当分は動けまい。
武器を消費したルフトは、収納の鞄から剣を取り出した。
「さて、どこから侵入しようか……」
魔道具や魔法陣の仕掛けられた場所には近づけない。
専用の道具があれば解除も望めるが、生憎と手持ちにはなかった。
そうなると、安全な入口を探さねばならない。
ルフトが侵入経路を目で探していると、博士が前に進み出た。
「どれ、手を貸してあげよう」
博士は懐からキューブ状の小さな金属製の箱を取り出す。
表面に付いたボタンを押すと、宿屋の一角に投げた。
「今のは、何ですか?」
「黙って待ちたまえ。すぐに分かる」
数秒後、前触れもなく宿屋の壁が爆発した。
ばらばらになって飛び散る木材。
衝撃で魔法陣と魔道具が誤作動を起こし、雷撃や暴風を発現させる。
「クッソ、痛ぇ! なんだ、何が起こったんだ!?」
「俺のッ! 俺の腕がッ!」
「うぅ、誰か……助けてくれ……」
濛々と上がる煙の中から、苦痛を訴える声が聞こえてきた。
不運にも爆発の巻き添えとなった者がいたらしい。
同時に建物内がにわかに騒がしくなる。
宿屋の状況をよそに、博士は悠々と語りだした。
「斥力爆弾だ。重力エネルギーを利用して、半径三メートルの物体を吹き飛ばす。純粋な破壊のみで環境を汚さないクリーンな爆弾だよ。おまけに今の爆発で穴ができたから簡単に侵入できる」
「そ、そんなこと言っている場合じゃないですよ!」
爆破でぶち抜かれた穴から、続々と暴徒が現れてきた。
彼らはルフトたちを見つけると、魔術と矢で攻撃してくる。
「ま、まずい……!」
ルフトは障壁の腕輪でガードした。
魔力の壁により、甲高い音を立てて攻撃は弾かれる。
博士はルフトの背後に隠れて告げた。
「さて。突破口は作った。あとは君が処理したまえ。あまり私の手を煩わせてくれるなよ」
「……了解ですッ」
ルフトは急いで岩壁を下りて迎撃へ向かう。
多数の敵に突っ込むのは無謀だが、博士の機嫌を損ねる方がよほど危ない。
展開した障壁で攻撃を防ぎながら接近していく。
(人殺しは気が乗らないけど仕方ないっ!)
着地したルフトは、一番近くにいた魔術師に跳びかかった。
「ぐっ……!」
魔術師は慌てて詠唱をする。
ルフトは口の動きからそれが水属性の防御魔術だと看破した。
発動されると斬撃が通りにくくなって少々厄介になる。
瞬時に判断したルフトは、臆せず一気に距離を詰めて袈裟切りを放つ。
刃がローブを着た胴体を斜めに薙いだ。
血を噴き出す魔術師を横目に、ルフトは次の敵へと駆ける。
「ハァッ!」
烈火の気合いを込めて、革鎧を着た二刀流の女が飛び込んで来た。
左右から挟み込むような斬撃。
無駄のない滑らかな動きだ。
平常時ならまず対処できない。
(だけど、今の状態なら問題ないッ!)
ルフトは強化された動体視力と反射神経で相手の攻撃を見極める。
彼は迫る片方の刃を剣で逸らし、もう片方は障壁の腕輪で防ぎ切った。
さらに、驚愕する相手の顎を蹴り上げる。
「んげあっ!?」
二刀流の女は、折れた歯を吐き出しながらバク転した。
受け身も取れずに地面をキスをする。
三人目へと意識を移そうとした瞬間、ルフトは悪寒を覚えた。
彼は直感に従ってその場で屈む。
同時に後頭部を何かが掠めた。
ルフトは素早く視線を動かして正体を確かめる。
そこには金属鎧を纏った筋骨隆々な大男が仁王立ちしていた。
手には棍棒が握られている。
先端に鎖で繋がれた鉄球が付いていた。
フレイルと呼ばれる武器だ。
ルフトは周囲を見やる。
屋外にいる暴徒はフレイル使い以外にいない。
他の者は宿屋の中で待ち構えているようだ。
ひとまず別の人間から不意打ちされる可能性は低そうだ、とルフトは判断する。
損壊した宿屋を前に対峙する両者。
先に動いたのは、またしてもフレイル使いだった。
「ヌンッ!」
フレイル使いが拳による殴打を繰り出す。
いち早く反応したルフトは飛び退いて回避した。
勢い余った一撃が岩壁に炸裂し、命中箇所が爆散する。
岩壁が瓦礫となって崩れた。
それを目にしたルフトは冷や汗を流す。
(素手でこの威力か……一撃でも食らえば致命傷だな)
しかし、ここで逃げるという選択肢はなかった。
岩壁の上から視線を感じるからである。
博士だ。
異形頭の異世界人が、こちらのやり取りを傍観をしているのだ。
不用意な真似はできない。
(あまり待たせるとまずい。何をされるか分かったものじゃないな)
焦燥感を胸に、ルフトはフレイル使いに斬りかかった。
フレイル使いは彼の接近に合わせて腕を振るう。
横合いから鉄球が猛速で襲いかかってきた。
絶妙なタイミングだ。
回避は難しい。
ルフトは剣で防ごうとする。
すると、鉄球の軌道が急変した。
鉄球がルフトの頭上を通り過ぎて回転する。
その過程で鎖が剣に絡まった。
「な、なんで……!?」
ルフトは慌てて剣を動かそうとする。
ところが、ギチギチと金属の擦れる音がするばかりで叶わない。
(――しまった!)
フレイル使いの狙いはこれだったのだ。
しかし気付いた時には遅い。
「ヌゥンッ!!」
フレイル使いは鎖を掴み、高々と引っ張り上げた。
剣を持っていたルフトも一緒に中空へ投げ出される。
凄まじい怪力が為せる荒業だ。
浮遊感も一瞬に、ルフトは急速な勢いで近くの岩壁に叩き付けられた。
「ガハッ……!」
岩壁が爆散し、土煙が舞い上がる。
瓦礫と共に地面に転がったルフトは、丸まって吐血した。
手足が震える。
全身あちこちの骨が折れていた。
ともすれば気を失いそうな激痛だが、それらのダメージは速やかに薄まっていく。
不思議に思ったルフトは、すぐにその現象の正体を悟った。
(そうか、再生能力だ……!)
ミュータント・リキッドを注射された当初、ルフトは瀕死状態から復活した。
その効果が今も継続していたらしい。
ルフトはふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
彼は傍らに落ちていた剣を拾った。
半ばから折れているが、まだ使えそうだ。
相手の殺す分には事欠かない。
「…………行くぞ」
口の中に溜まった血を吐き捨て、ルフトはフレイル使いに跳びかかった。