第三十八話 占拠と襲撃

文字数 1,692文字

 その後、ルフトと博士は宿屋内の暴徒をハイペースで蹂躙していく。
 暴徒たちは数の優位に任せて対抗するも、彼らの努力は完全に無駄であった。

 博士の圧倒的な兵器を前にしては、些細な攻撃はすべてシャットアウトされるからだ。
 近接攻撃を挑めばそれより先にアッシュガンで分解され、魔術を撃ち込めばテレポート装置で無効化される。

 ルフトからすると未知の技術ばかりだった。
 懇切丁寧な博士の説明も、理解不能な場合が多い。

 それも当然だろう。
 この世界の一般的な技術的と比較しても数世紀以上の差があるのだから。
 ただ、博士に言わせれば「魔術の方がよほど奇想天外」とのことであった。

「もっとも、科学が魔術を上回るとは微塵も思っていないがね。どちらにも良さがある」

 超小型のミサイルで暴徒を爆殺しながら、博士は気楽に自論を述べる。
 かなりの爆炎が舞い上がるが、着弾点の損壊は見られなかった。
 直撃した暴徒の人体が黒焦げなって四散しただけである。

「うっ……そ、そうなんですね」

 ルフトはその光景に顔を顰める傍ら、目の前の暴徒を斬り捨てる。
 左右に分断された暴徒は悲鳴すら許されずに絶命した。
 剣の血を払いつつ、ルフトはため息を吐く。

 ミュータント・リキッドを投与された状態の彼は、今や単独でも真正面から人間を倒せるほどになっていた。
 致命傷を負い続けて培った戦闘経験は、短時間ながらも確実に糧となりつつあるようだ。

「どうやら全滅できたみたいですね……博士、どうしますか?」

「決まっているだろう。暴徒の死体を解剖する。いくつか兵器の試用もしていたんだ。人体にどう作用しているのかを確認せねばならない。君は休んでいたまえ」

 そう答えた博士は、足早にどこかへ去ってしまった。
 戦いの余韻や満足などはない。
 彼にとって殺戮とは、あくまでも事務的な作業に過ぎないらしい。
 決して嫌いな行為ではないだろうが、終わった現在は研究の方が重要なのだろう。

「相変わらずだな、あの人は……」

 ルフトはその場で脱力して座り込んだ。
 博士の後を追えば、高確率でスプラッターな現場を目撃することになる。
 わざわざ好んで見に行くものではあるまい。

「……ちょっと歩き回るか」

 少し考えた結果、ルフトは気分転換に散歩でもすることにした。
 動いていないと思考が憂鬱な方向へとばかり寄ってしまう気配がしたからだ。

 剣を収納の鞄にしまって、特に何かを目指すこともなく宿屋内を探索し始める。
 とは言え、目に付くのは惨殺死体ばかりだった。
 もちろんルフトと博士が行ったものである。

(いくら悪党でも、こんな風にしてよかったのだろうか……)

 原型すら留めていない肉塊を見て、ルフトは苦い表情をする。
 罪悪感も少なからず覚えていた。
 A子や稲荷、博士のように何の後ろめたさもなく殺戮できたらどれだけ気が楽だろうか。

 それでも足を止めずに歩いていると、ルフトは一階の裏庭の前を通りかかった。
 花壇に植えられた色とりどりの花々。
 よく手入れされている。
 宿屋の主人が育てていたのだろう。

 思わぬところでほっこりと癒されるルフト。
 しかし、視線を裏庭の奥に移したところで表情を凍らせた。

 岩壁の出っ張りに、十数体のゾンビが吊るされていた。
 首に巻いた縄がきつく絞まっているせいで呻き声も小さい。

 ゾンビたちの身体には無数の傷跡があった。
 暴徒たちがやったのだろう。
 明らかに殺害ではなく、嗜虐的な欲求を満たすための吊るし上げである。

「なんて酷い……」

 ルフトは沈痛な面持ちで顔を背ける。
 直視に堪える代物ではない。
 暴徒たちに対する罪悪感など吹き飛んでいた。

 ルフトは、せめてゾンビたちを楽にしようと思って裏庭に出る。

 その時、吊るされたゾンビのいる岩壁が轟音と共に崩れた。
 土煙の中から、体長三メートルほどの赤土色の肌をした鬼が現れる。

 ――額から二本の角を生やしたその魔物はオーガであった。
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