第二十一話 欲求不満な彼女

文字数 2,104文字

 行動方針の確認が終わったところで、ルフトは家屋で物資を調達していった。
 堂々と物を盗むのは気が引けるが、事態が事態なだけに遠慮はしない。
 学園から持ち出した魔道具である収納のリュックサックに、必要そうなものを次々と入れていく。

 その後、ルフトとA子は移動を再開した。
 目指すは町の外だ。
 脱出するには、東西南北に設けられた四つの正門のどれかに辿り着かなければならない。

 しかしあちこちにゾンビ化した魔物がおり、思うように進めずにいた。
 A子なら突破できるはずなのだが、安全策を取って極力戦闘は避けている。
 先ほどのように次から次へとゾンビが集まってくるとキリがない。

 ましてや町中は狭い死角の多い場所が多い。
 不意打ちを受ける危険性を考えると、息を殺して迂回するのが一番だった。

「あーあ、つまんないの。もっと派手にやりたいよねー」

 A子は不満そうに包丁を一閃する。
 掴みかかってきたゾンビの首が切り裂かれた。
 ひょいと返り血を躱して、A子はゾンビを蹴倒す。

 実に鮮やかな動きであった。
 それをA子は歩きながらに惰性でこなす。

 ルフトは頬を掻いて苦笑いした。

「もう少しの辛抱ですから……」

 家屋での作戦会議以降、A子はずっとこの調子である。
 大量殺人を禁止されたことでフラストレーションが溜まっているらしい。
 今はまだルフトの指示に従っているものの、いつ衝動が爆発するか分からない。

 ゾンビを率先的に倒そうとする意志は称賛に値するが、その想いが強すぎる。
 稲荷も似たような性質だった。
 呼び出す人間の共通点となっているのだろうか。

 負の魔術適性の厄介さに、ルフトは改めてため息を吐き出す。

 現在の二人は細長い路地を移動中だ。
 外へ繋がる門まではまだ遠い。
 大通りを経由すれば時間を短縮できるが、通りは目立つ上にゾンビが多い。
 不要な戦闘を回避すると、自然と日の当たらない道を進むことになった。

 路地は死角に潜むゾンビを警戒しないといけないが、A子の鋭い察知能力は獲物を逃さない。
 彼女は家屋で拝借した包丁で的確に殺していく。
 今のところは通りを移動するより安全な行程だった。

 その安全さが物足りないA子は、口を尖らせて文句を垂れる。

「もうさ、あっちからドバっと来てくれたら歓迎するのにね。ほら、正当防衛になるし」

「想像するだけで恐ろしい光景ですね……ん?」

 ルフトは話の途中で首を傾げる。

 前方に三人の鎧を着た男が立ちはだかっていたからだ。
 顔は兜に隠されている。
 それぞれが剣やメイスなどの武器を持っていた。

 佇まいからしてゾンビではない。
 何よりこちらに向けられる視線に、人間的な悪意が込められていた。

(……嫌な予感がする)

 ルフトは咄嗟に引き返そうとしてぎょっとする。
 いつの間にか、背後にも同じような格好の男が二人いた。
 まんまと退路を塞がれたようだ。

 男のうち一人がルフトとA子に話しかけてくる。

「お前ら見ない顔じゃねぇか。ここが俺らの縄張りだと知って入ってきたのか?」

 二人を嘲るような口調。
 友好的でないのは確かだろう。

 ルフトは町中にもまだ生存者が残っていたことを喜びたかったが、どうやらそのような雰囲気でもない。
 なるべく穏便に事を進めた方がいい。
 そう判断した彼は、素直に頭を下げて謝罪する。

「すみません。あなたたちの縄張りとは知りませんでした。すぐに出て行きます」

「おいおい、タダで立ち去るつもりか? 入場料を寄越せ。そうだな……その収納の魔道具と女を置いていけ。そしたら許してやるよ」

 男は下卑た笑いをしながらA子を指差した。
 見るからに悪意と欲望に満ち溢れている。

 それにも関わらず、A子は自然な足取りで男に歩み寄った。
 この場には不相応なほどに穏やかな表情だ。

 A子の予想外の反応に、男は一瞬だけ戸惑う。
 しかし、すぐに調子を取り戻すと、武器を仕舞って相対した。

「ハッ、聞き分けのいい女だ。後でたっぷりと可愛がってやぐべぇゃっ!?」

 A子の肩に手を置こうとした男が、くぐもった奇声を上げて吹き飛んだ。
 派手に地面を転がった末に道端の廃材に激突する。

 ひっくり返った男は仰向けのまま動かない。
 兜の前面が陥没して、隙間から鮮血が凄まじい勢いで噴き出していた。
 致命的な損傷なのは明らかである。

 その場にいた男たちは、ひどく動揺した。
 思わぬ事態に理解が追いついていないのだ。

 ただ一人、ルフトだけは冷静にA子を一瞥する。
 もう止められない、と悟りながら。

「いいねいいねー。悪党はいくら殺しても問題ないから大好きだよ。歓迎してくれてありがとう?」

 A子はにこやかに金属バットを弄ぶ。
 滴り落ちる血液。
 至近距離から男を殴ったらしい。

 A子の瞳に狂気が滲み出す。
 それは、殺戮への期待と歓喜を存分に表していた。
 なけなしの理性を放り捨てて、彼女は動き出す。
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