第十八話 学園の外

文字数 2,487文字

 翌日の昼。
 ルフトは魔術学園の正門にいた。

 高々とした立派な黒い門を抜けた先には、発展した都市が広がっている。
 見慣れているはずのその景色を前に、ルフトは息を呑んだ。

「いよいよか……」

 今からルフトは、魔術学園を出て都市内に入るつもりだった。
 そこからさらに移動して都市の外へ向かうのである。

 もちろんゾンビパンデミックを止めるのが目的だ。
 ひとまずは周辺の都市や施設を巡り、解決の糸口を探す予定となっている。

 ルフトの後方では、生存者たちが集まっていた。
 彼の見送りに来たのである。
 同行を希望する声も上がったが、ルフトはそれらは丁重に断っていた。

 今は学園内が一番安全なためだ。
 ルフトの目的に付き合わせて、危険な旅に巻き込むことはできない。
 戦力的には召喚魔術があるので事足りている。

 それに、この魔術学園にはまだまだ人手が必要なのだ。
 生存者の拠点として、確固たる安全地帯とならねばならない。

 協力を望む彼らに対して、ルフトは「僕の帰る場所を守ってほしい」と答えたのであった。

「…………」

 生存者に見守られる中、ルフトは正門に触れる。
 現在は一時的に防御機構が解除されていた。
 軽く押せば開くことを確認してから、ルフトは地面に魔法陣を描く。

 もはや手慣れたもので、召喚の魔術書を見ずとも数秒で構築が完了した。
 指先から血を垂らして魔法陣を起動させる。

 光と風と共に現れたのは、ジャージ姿のA子だった。

「やっほーい。ご指名ありがとうございまーす!」

 A子は満面の笑みでポーズを決める。

 そんな彼女は野球帽を被り、金属バットを携えていた。
 金属バットは所々が凹んでおり、先端には真新しい血が付着している。
 明らかに本来の用途とは異なる使い方をしているようだ。

 ルフトは引きそうになるのを堪えて尋ねる。

「それはその……どうしたんですか?」

「いつルフト君に呼び出されてもいいように、ちゃんと準備してたんだよー。偉いでしょ?」

 嬉しそうに金属バットを撫でるA子。
 ビジュアルだけならば可憐な美少女なのに、言動が狂気そのものだった。
 見送りの生存者たちも微妙な表情をしている。

(……あんまり長居しても、無用に怖がらせてしまうな)

 そう判断したルフトは、A子の腕を引きながら正門を開いて抜けた。

 一度だけ生存者たちの方を振り返る。
 彼らは温かな雰囲気でルフトたちを見ていた。
 当初のような疎外感はない。

 ルフトが手を振ると、生存者たちは手を振り返してきた。
 互いに別れの挨拶は交わさない。
 その声でゾンビが寄ってくる可能性があるからだ。

 以降、ルフトは前だけを向いて学園の敷地から速やかに離れる。




 学園の外には石畳の噴水広場があった。
 この都市の中央に近い位置で、よく待ち合わせの場所として使われている。

 ただし、現在は血肉に汚れた上にゾンビが集まっていた。
 やはり学園の外も同様にパンデミックの被害を受けているようだ。

 聞き飽きた呻き声の合唱に、ルフトは振り出しに戻されたような気分になる。

「なんというか、気が滅入りますね……」

「いやいや! こんなの最高のシチュエーションだよーッ!」

 目をキラキラと輝かせるA子は、衝動のままに駆け出した。

 勢いよくスイングされた金属バットがゾンビの頭をかち割る。
 弾ける血と脳漿。
 あっけなく沈むゾンビを尻目に、A子は次々とゾンビを撲殺し始めた。

「アッハッハハハハハ!! 楽しいねぇ!」

「ちょ、ちょっとA子さん!? そんなに大声を出したらゾンビが寄ってきちゃいますから――って、聞こえてない……」

 ルフトは肩を落としてため息を吐く。

 当初の予定では、町中を静かに移動して外へ抜けるはずだった。
 ここは魔術学園と違って閉鎖空間ではない。
 都市全体ともなれば、相当な数のゾンビがいるだろう。
 派手に暴れていたらいずれ包囲される。

 その旨をA子に話すつもりだったが、説明する前に殺戮へ走ってしまったのだ。
 こうなったら付近のゾンビを殲滅するまで止まるまい。

 ルフトはそっと動いて、近くの物陰に身を潜めた。
 ここでA子の気が済むまで待機すればいい。
 さすがに何度も異常者と接しているだけあって、彼の対応も慣れたものになりつつあった。

 その間、ルフトはゾンビの観察をする。
 今までに見てきた制服やローブ姿ではなく、一般的な布の衣服や商人風の洒落た格好などが多い。
 剣を背負って全身鎧を着ているゾンビは、元は冒険者だったのだろう。

 誰もが一様に虚ろな姿でA子に近付き、あっけなく金属バットで殴り殺されていく。
 結構な数が群がっているが、彼女を傷付けられる者はいないようだ。

「相変わらず凄まじいな……ん?」

 A子の奮闘ぶりを感心するルフトだったが、背後で鳴った異音に顔を顰める。
 本能的に嫌な予感がした。
 彼は音を立てないように注意を払いながら振り向く。

 そこにいたのは緑色の肌をした数体の小鬼だった。
 彼らは人間の死体を引き千切ると、一心不乱に貪り始める。

(なぜ町中に魔物であるゴブリンが?)

 疑問を抱いたルフトは、彼らの奇妙な特徴に気付く。
 死体を食らうゴブリンたちの目は、灰色に濁り切っていた。
 まるで死人のようだ。
 身体も不自然に痙攣しており、明らかに様子がおかしい。

 そこまで判明したところで、ルフトは理解する。

(まさかこのゴブリンたちもゾンビに……!?)

 その時、一体のゴブリンがルフトに気付いた。 
 交錯する両者の視線。
 ゴブリンは耳障りなしゃがれた声を発する。

 仲間のゴブリンたちは声に反応してルフトの方を向くと、血と涎に塗れた口を動かした。
 まるで新鮮な獲物の登場に歓喜しているかのように。

 次の瞬間、ゾンビゴブリンたちは小走りでルフトに迫ってきた。
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