第六十三話 勢い任せの鼓舞

文字数 1,635文字

 血みどろになって吹き飛ぶ狼たち。
 その体躯は大剣による致命傷を負っている。

 手足が切断されて満足に動けない個体も多い。
 辛うじて活動可能な狼も内臓を垂らしていたりするなど、等しく無事ではなかった。

(チャンスは今しかない)

 ルフトはすぐさま追撃に移る。
 大剣で狼たちの頸部を叩き斬り、頭蓋と脳を踏み潰していった。

 容赦などしない。
 ここで躊躇うと冒険者たちに被害が出てしまうのだ。
 彼らを守るためにも、ルフトはひたすらその繰り返しで狼たちを減らしていく。

 ルフトが血まみれになってトドメを刺していると、今度は獣人のゾンビが殺到してきた。
 口々に意味不明な声を上げながら、猛然と突進してくる。

 それを見たルフトは、大剣を捨てて細身の剣と盾を生み出した。
 大剣では素早い動きに対応できないからだ。
 相手が魔物でもないので、これでも十分に戦える。

 爪を立てて跳躍する獣人族のゾンビ。
 ルフトは盾を突き出して、掴みかかられるのを阻止する。

 ぎしり、と衝突を受けた箇所が軋んだ。
 本来なら勢いに負けるところだが、マジカルアーマーによる膂力向上の効果が働いて耐え切ることに成功する。

 ルフトは盾で獣人を押し返すと同時に剣を一閃した。
 獣人の胸部から喉にかけてを切り裂く。

 噴出する鮮血にも構わずに踏み込み、彼は連続で剣を振るった。
 横合いや背後から迫られれば盾で殴り倒す。

 とにかく囲まれないようにルフトは意識した。
 絶え間なく動いて攻撃することで不利にならないように立ち回る。
 何度か攻撃を食らうも、やはりマジカルアーマーのおかげで負傷することはなかった。
 それが分かっているので、ルフトは強引に攻め立てて行く。

 兎耳の少女の腹を剣で刺し、そのまま別のゾンビに叩き付ける。
 圧し掛かろうとしてきた牛の獣人を躱すと同時に、横薙ぎの剣で首を薙ぐ。
 背後から掴まれれば、背負い投げの要領で地面に振り落とす。

 極限状態がルフトに戦い方を仕込んでいった。
 彼の生存本能は常に刺激され、より洗練された動きを見せる。
 本職の戦士からすれば及第点に達するか否かといった具合だろうが、それでも落ちこぼれの一般人にしては健闘している方だろう。

 そうしてゾンビを始末すること暫し。
 ルフトの周りには、無数の屍が築かれていた。
 彼に襲いかかろうとする者はもういない。

 ローブから返り血を滴らせながら、ルフトは冒険者たちに歩み寄る。

「あの……」

 にわかに走る緊張感。
 居並ぶ冒険者たちは困惑していた。
 突然の助太刀に感謝しつつも、ルフトの正体が知れず怪しんでいるようだ。

 それも当然だろう。
 いきなり現れたかと思えば、ゾンビたちを惨殺し始めたのだから。
 怯えるなと言われても無理がある。

 場に気まずい沈黙が漂う。
 そんな中、冒険者の一人が口を開いた。

「あ、あんたは一体……?」

「――話は後です! 今は、ここにいる魔物を倒し切りましょう!」

 結局、ルフトが選んだのは”大声で誤魔化す”というお粗末ながらも効果的な手段だった。
 ここが危険な地帯で、呑気に話している暇がないことは事実なのだ。
 とにかく敵でないことはアピールできているのだからさして問題あるまい、とルフトは判断する。

 少し離れた地点では、シナヅが孤軍奮闘を演じている。
 いや、よく見ればそれは一方的な虐殺だった。
 どれだけの魔物に押し寄せられようが、シナヅは傷一つ受けない。
 その圧倒的な力でねじ伏せて、死体を吸収するまでだった。

(……あれは、加勢する必要があるのか?)

 胸中で疑いながらも、ルフトは剣と盾を持ってシナヅのもとへ戻った。

 残された冒険者たちは、怪訝そうな表情で顔を見合わせる。
 しかし、自分たちのやるべきことを認識したのか、ルフトの後を追うようにして走り出した。
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