第五十六話 謎の力

文字数 1,519文字

 ルフトとシナヅが出発の準備をしていると、近くの窓が甲高い音を立てて割れた。
 顔を出したのは無数のゾンビ。
 一心不乱に呻きながら、室内にいるルフトたちに手を伸ばしてくる。

(既に察知されていたのか……!)

 ルフトは窓のそばから飛び退きながら思考を戦いのものへ切り替える。
 さらにマジカルアーマーの力で剣と盾を生み出した。
 本当はリーチの長い武器を使いたかったが、室内で振り回すには不自由だと判断したのである。

 間を置かず、窓枠を粉砕したゾンビが室内に雪崩れ込んで来た。
 一斉にルフトのもとへ群がってくる。

 ルフトは盾を突き出して応戦した。
 何度か噛み付かれたり引っ掻かれたりするも、マジカルアーマーのおかげで難を逃れる。
 これがなければ今頃はゾンビの仲間入りか、ただの食い散らかされた肉片と化していただろう。
 その事実にルフトは肝を冷やすと同時に、あの気だるげな魔法少女に感謝する。

(そういえば、シナヅさんは……?)

 懸命に剣を振るう最中、ルフトは視線を巡らせる。

 呼び出したばかりの異世界人の安否が気になったのだ。
 肉のないスケルトンなのでゾンビに狙われないかもしれないが、万が一ということもある。

 シナヅは室内のすみにひっそりと佇んでいた。
 彼の目の前にある壁には、なぜかぽっかりと人が通れるサイズの丸い穴が開いている。
 まるでくり抜かれたかのように綺麗な穴だ。

 ゾンビの頭部を盾で殴り飛ばしつつ、ルフトは訝しげな表情をする。

(いつの間に穴を……破壊音だってしなかった。どうやったんだ?)

 目を離していたのはものの数秒。
 その間に無音で壁に穴を開けるなど不可能に等しい。

 ルフトが不思議がっていると、シナヅが静かに手招きしてくる。

『狭くては戦いづらいだろう。こちらへ来るんだ』

「ありがとうございますっ」

 シナヅは気を利かせてくれたらしい。
 礼を言ったルフトは、ゾンビを蹴散らして外へと転がり出る。

 どこから湧いてきたのか、家屋の外にも大量のゾンビが待っていた。
 建物の上から落下してくる個体もいる。
 どこへ行こうとしても屍の軍団に突っ込まざるを得ない。

「逃げるのは、難しいか……」

 マジカルアーマーは空中歩行を可能にするが、このまま迂闊に飛んで逃げるのは得策ではなかろう。
 シナヅを連れて行くとなれば尚更だ。

(東門へ赴く前に、ここで脅威を減らしておくか……)

 決心したルフトは、剣と盾を構える。
 ゾンビ化した魔物さえ倒せるのだ。
 これくらいの群れだって易々と跳ね除けられる。

 傍らのシナヅは迫るゾンビにも臆せず、片腕を掲げた。

『――前哨戦だ』

 突如、シナヅの手のひらから黒い金属質の棒が生えてきた。
 見ればちょうど握りのような形状になっている。
 シナヅはもう片方の腕でそれをずるりと引き抜いた。

 現れたのは艶のない黒い刀。
 装飾は極限まで削ぎ落とされており、刀身と柄のみで構成されている。

「そ、それは……」

 ルフトは呆然とシナヅの刀を凝視する。

 一体、どこに隠されていたのか。
 刀は明らかに手のひらから生えてきていた。
 収納の魔術の類だろうか、とルフトは推測する。

 真相はともかく、シナヅが特殊な能力を有することは判明した。
 ただの喋るスケルトンではなく、やはり異世界人なのだ。

 シナヅは悠々と刀を構えると、群がるゾンビたちを見据える。
 何もないはずの眼窩に、仄暗い殺意の炎が宿った。

『敵は、皆殺しだ……』

 そう宣言すると、シナヅは霞むようなスピードで駆け出す。
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