第八十二話 不屈の決意
文字数 2,080文字
ルフトは博士と共に雑貨店を出る。
生存者の安否を見極めるためだ。
博士の言葉を信じないわけではないが、やはり自分の目で確かめておきたかった。
具体的な被害の程度も知っておきたい。
「こ、これは……」
ルフトは苦い表情で口を噤む。
雑貨店の外は壮絶な有様であった。
あちこちに血肉が染み込んで、地面や建物を汚している。
それに伴う異臭。
もはや嗅ぎ慣れたものだが、気分が悪くなる。
どこかに集められているのか、死体は見当たらない。
あまりに大量の死体を放っておくと一帯が汚染される可能性もあるので、その辺りへの配慮だろう。
見える範囲には生存者もいない。
博士曰く、冒険者ギルドに集まっているらしい。
「最前は尽くしたのだがね。私が助力した段階で手遅れだったよ」
博士は感情を窺わせない声音で言った。
ルフトが顔を覗いても、その心情は読めない。
純粋な状況解説として述べたのだろうか。
真意はともかく、ルフトはゆるゆると首を振った。
「博士のおかげで最悪の事態は免れたのですから、本当に感謝しています。ありがとうございます」
「研究者として当然のことをしたまでだ。人間なくしては不可能な実験もあるのだから。それに勘違いしているようだが、私にも善意はあるのだよ?」
「そうなんですか……?」
ルフトは思い切り首を傾げる。
確かに殺人衝動がない分、博士は他の異世界人に比べるとマシな部類かもしれない。
ただ、善意があるかと問われれば、なかなか素直には頷けないものがあった。
釈然としない様子のルフトを見た博士は、くつくつと喉を鳴らす。
「――冗談だ。気にしなくていい」
「冗談ですよね、やっぱりそうですよね……」
「どういう意味だ」
二人は冒険者ギルドの建物へ向かう。
入ってすぐの大部屋には、随分と少なくなった生存者が寄り添うようにしていた。
おおよそ二十人といったところか。
彼らは一様に暗い顔をしている。
全体的に冒険者らしき風貌の者が多い。
あれだけの数のゾンビが強襲してきたのだ。
さすがに自衛できる者の方が生き残れたらしい。
(非戦闘員を庇うと言っても、あの状況では難しそうだ……)
匿ったところで、ゾンビたちは数に任せて襲ってくる。
強力な魔物も混ざっていた以上、よほど運が良くなければ見つかって喰われるだけだろう。
そんな生存者を守れなかった冒険者を咎めるようなことも決してできない。
彼らでさえ、自分が生き残るだけでも精一杯だったはずなのだ。
生存者の痛ましい姿を目にしながら、ルフトは部屋の奥を見やる。
そこには見覚えのある二人の男女がいた。
金等級の冒険者であり、この拠点のリーダーでもあるドランとカレンだ。
「よかった……」
ルフトは二人が生きていたことに安堵する。
アルディに殺されたのかもしれないと考えていたのである。
襲撃時の状況からして、その可能性は十分に高かった。
白銀等級の英雄に真っ先に立ち向かったのは、彼らだったのだから。
ルフトは生存者たちの間を縫うようにして進む。
ドランとカレンは、現れたルフトを見て微笑んだ。
「おう、眠ったままだったから心配したぞ。もう平気なのか?」
そう尋ねてくるドランに、ルフトは力強く頷いてみせる。
「もう大丈夫です。心配をおかけしました」
「元気なら問題ないさ。それより、アルディの奴を追い払ってくれて助かった。おかげで全滅だけはせずに済んだ。俺たちだけではとても対処できなかったろう」
「いえ。結局、僕は何もできなかったので。実際に活躍したのは博士です」
ルフトはとんでもないと謙遜する。
アルディと対峙した際、ルフトはまともな抵抗ができなかった。
あらゆる面で劣り、捨て身の突撃でようやく召喚魔術を起動できたのである。
もし博士が現れなければ負傷で死ぬか、さもなければゾンビになっていただろう。
戦いの実情を鑑みれば完敗もいいところだ、とルフトは考えていた。
しかし、ドランはすぐさま彼の言葉を否定する。
「その博士を召喚したのはお前だろう。お前が希望を繋げたんだ。もっと自信を持て」
「あ、ありがとうございます……」
そこまで言われてしまうと、自虐や卑下がしづらくなる。
ルフトは遠慮がちに礼を言うことにした。
そして話題を逸らすためにも気になっていたことを訊いてみる。
「拠点の現状はどうなっていますか?」
これにはカレンが答えた。
「今ちょうど遺体を拠点の外に運び終わったところね。あとでまとめて火葬するつもりなの。そうすればゾンビも大して寄ってこないから。その後の予定は話し合っていたところよ」
「それなら僕に考えがあります」
一呼吸を置いて、ルフトは毅然と宣言する。
「ドランさんとカレンさんは、他の生存者の方々を連れて魔術学園へ避難してください――僕はアルディさんを倒しに行きます」
生存者の安否を見極めるためだ。
博士の言葉を信じないわけではないが、やはり自分の目で確かめておきたかった。
具体的な被害の程度も知っておきたい。
「こ、これは……」
ルフトは苦い表情で口を噤む。
雑貨店の外は壮絶な有様であった。
あちこちに血肉が染み込んで、地面や建物を汚している。
それに伴う異臭。
もはや嗅ぎ慣れたものだが、気分が悪くなる。
どこかに集められているのか、死体は見当たらない。
あまりに大量の死体を放っておくと一帯が汚染される可能性もあるので、その辺りへの配慮だろう。
見える範囲には生存者もいない。
博士曰く、冒険者ギルドに集まっているらしい。
「最前は尽くしたのだがね。私が助力した段階で手遅れだったよ」
博士は感情を窺わせない声音で言った。
ルフトが顔を覗いても、その心情は読めない。
純粋な状況解説として述べたのだろうか。
真意はともかく、ルフトはゆるゆると首を振った。
「博士のおかげで最悪の事態は免れたのですから、本当に感謝しています。ありがとうございます」
「研究者として当然のことをしたまでだ。人間なくしては不可能な実験もあるのだから。それに勘違いしているようだが、私にも善意はあるのだよ?」
「そうなんですか……?」
ルフトは思い切り首を傾げる。
確かに殺人衝動がない分、博士は他の異世界人に比べるとマシな部類かもしれない。
ただ、善意があるかと問われれば、なかなか素直には頷けないものがあった。
釈然としない様子のルフトを見た博士は、くつくつと喉を鳴らす。
「――冗談だ。気にしなくていい」
「冗談ですよね、やっぱりそうですよね……」
「どういう意味だ」
二人は冒険者ギルドの建物へ向かう。
入ってすぐの大部屋には、随分と少なくなった生存者が寄り添うようにしていた。
おおよそ二十人といったところか。
彼らは一様に暗い顔をしている。
全体的に冒険者らしき風貌の者が多い。
あれだけの数のゾンビが強襲してきたのだ。
さすがに自衛できる者の方が生き残れたらしい。
(非戦闘員を庇うと言っても、あの状況では難しそうだ……)
匿ったところで、ゾンビたちは数に任せて襲ってくる。
強力な魔物も混ざっていた以上、よほど運が良くなければ見つかって喰われるだけだろう。
そんな生存者を守れなかった冒険者を咎めるようなことも決してできない。
彼らでさえ、自分が生き残るだけでも精一杯だったはずなのだ。
生存者の痛ましい姿を目にしながら、ルフトは部屋の奥を見やる。
そこには見覚えのある二人の男女がいた。
金等級の冒険者であり、この拠点のリーダーでもあるドランとカレンだ。
「よかった……」
ルフトは二人が生きていたことに安堵する。
アルディに殺されたのかもしれないと考えていたのである。
襲撃時の状況からして、その可能性は十分に高かった。
白銀等級の英雄に真っ先に立ち向かったのは、彼らだったのだから。
ルフトは生存者たちの間を縫うようにして進む。
ドランとカレンは、現れたルフトを見て微笑んだ。
「おう、眠ったままだったから心配したぞ。もう平気なのか?」
そう尋ねてくるドランに、ルフトは力強く頷いてみせる。
「もう大丈夫です。心配をおかけしました」
「元気なら問題ないさ。それより、アルディの奴を追い払ってくれて助かった。おかげで全滅だけはせずに済んだ。俺たちだけではとても対処できなかったろう」
「いえ。結局、僕は何もできなかったので。実際に活躍したのは博士です」
ルフトはとんでもないと謙遜する。
アルディと対峙した際、ルフトはまともな抵抗ができなかった。
あらゆる面で劣り、捨て身の突撃でようやく召喚魔術を起動できたのである。
もし博士が現れなければ負傷で死ぬか、さもなければゾンビになっていただろう。
戦いの実情を鑑みれば完敗もいいところだ、とルフトは考えていた。
しかし、ドランはすぐさま彼の言葉を否定する。
「その博士を召喚したのはお前だろう。お前が希望を繋げたんだ。もっと自信を持て」
「あ、ありがとうございます……」
そこまで言われてしまうと、自虐や卑下がしづらくなる。
ルフトは遠慮がちに礼を言うことにした。
そして話題を逸らすためにも気になっていたことを訊いてみる。
「拠点の現状はどうなっていますか?」
これにはカレンが答えた。
「今ちょうど遺体を拠点の外に運び終わったところね。あとでまとめて火葬するつもりなの。そうすればゾンビも大して寄ってこないから。その後の予定は話し合っていたところよ」
「それなら僕に考えがあります」
一呼吸を置いて、ルフトは毅然と宣言する。
「ドランさんとカレンさんは、他の生存者の方々を連れて魔術学園へ避難してください――僕はアルディさんを倒しに行きます」