第三十四話 慣れつつある彼

文字数 1,821文字

 鋼鉄製のハンマーがゾンビの頭部を爆散させた。
 血飛沫が路地の壁や地面を染める。
 ふらふらと揺れる首無しの死体。
 やがて膝を突いて倒れた。

 ハンマーを下ろしたルフトは額の汗を拭う。

「……ちょっと慣れてきたな」

 暴徒のアジトを目指して移動する傍ら、ルフトは近接戦闘の訓練を行っていた。
 いくら身体能力が上がっても、それを活かす技術がなければ意味がない。
 A子や稲荷の立ち回りを思い出しつつ、彼は見つけたゾンビを屠る。

 反復学習はルフトの得意とするところだ。
 今までもそうやって魔術学園にて過ごしてきたのだから。

「おりゃっ」

 ルフトは記憶を頼りに身体を動かし、ゾンビの顎をハンマーで打ち砕く。
 大きく仰け反るゾンビ。
 しかし致命傷には至らず、体勢を戻して手を伸ばしてきた。

(――ここで引かずに追撃する!)

 ルフトは掴まれるより先にゾンビを蹴り飛ばす。
 ゾンビがゴミ溜めに突っ込んだところで、頭部を踏み潰して殺害した。

 靴の汚れを気にしつつ、ルフトは死体を一瞥する。

「……もう少し早く動けた。蹴りの当たりも浅かったな」

 頭の中で反省点を整理し、改善点を洗い出して反芻する。
 そして次のゾンビで実践するのだ。
 ルフトは決して肉弾戦の素人ではないが、体内に注射されたミュータント・リキッドが彼に最適解を囁く。
 促進された戦闘本能が”効率的な殺し方”を見つけ出すのである。

 努力の甲斐もあって、ルフトは能動的にゾンビを倒せるだけの胆力とテクニックを習得しつつあった。
 ハンマーの血を振り払いながら、ルフトは息を吐く。

(大きな危険もなく、装備も充実している。このまま順調に進めばいいけれど……)

 暴徒のアジトと化していた魔道具専門店で、大量の武器や魔道具が手に入った。
 水や食料も補充できたので心配ない。

 加えて彼の背後には、頼もしい助っ人がいた。

「ふむ。生物ごとに進化傾向が大きく異なっている。というより、種に合わせて最適な変異を発現させているのか? いやはや、面白いウイルスだ。もっと症例が見たいものだね」

 博士は相変わらず独り言をつぶやいている。

 触手が絶えず伸び縮みを繰り返していた。
 どうやら機嫌が良いらしい。

 基本的に博士はルフトの後に付いてくるだけだ。
 時々動いたかと思えば、ゾンビの肉片等を採取している。
 曰く「貴重なサンプルなので元の世界で検査する」そうだ。

 ルフトとしては願ってもない話であった。
 移動の途中、此度のパンデミックが一種の感染症によるものだと博士から聞いている。
 彼なら何らかの治療方法を見つけられるかもしれない、とルフトは期待していた。

 博士はこの世界よりも遥かに高水準な技術を有しているのだ。
 召喚された当初から冷静で、この世界にも既に適応しつつある。

(ちょっと怖いけど、悪党ではない……かな?)

 ルフトは密かに首を傾げる。
 外見は完全にタコ頭の異形だが、博士はなんだかんだでルフトに協力してくれる。

 もっとも利害が一致しているのが大きな要因だろう。
 そうでなければどうなっていたことか。

 とは言え、博士の投薬で命を救われたのも事実。
 ルフトがゾンビを倒せるようになったのも、彼のおかげなのだ。
 感謝こそすれど、文句を言える立場ではない。



 その後も特にトラブルもなく移動すること暫し。
 ルフトと博士は暴徒のアジトを発見した。

 そこは大きな宿屋だった。
 魔術によるものか、周囲は高さ七メートルほどのせり上がった岩壁に囲まれている。
 入口はなさそうだった。
 完全に塞がれているらしい。

 博士は触手を弄りながら感心する。

「ほう。即席にしてはよくやっている。向こうには戦争の心得を知る人間がいるようだね」

「どうしますか?」

 ルフトは博士に意見を求める。

 博士が暴徒殲滅を望んだ以上、彼の意向に従うつもりだった。
 下手に口出しをして反感を買うのも恐ろしい。

 博士は悠然と笑う。

「決まっているだろう。堂々と侵入すればいい。自分たちから逃げ場のない閉鎖空間に閉じこもっているのだから、来客として挨拶しに行こうではないかね」

 知性的な目に獰猛で狂気的な色が滲み出す。
 それは、博士がA子や稲荷と同類であることを言外に物語っていた。
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