第五十二話 魔法薬店

文字数 1,261文字

 移動を続けたルフトは、前方に古い木造の建物を認めた。
 入口には小瓶のイラストが描かれた看板が立てかけてある。
 目的の魔法薬店だ。

 ルフトは少し安堵して斧を下ろす。

「案外、何とかなるものだな……」

 ここまでの道中で、ルフトは何体ものゾンビを一人で倒してきた。
 未だ効果を発揮するマジカルアーマーの恩恵も大きいが、彼自身が戦い慣れしつつあるのも要因だろう。
 幾度もの死線がルフトの生存能力を底上げしたらしい。

 おまけに門の付近ではなくなったためか、ゾンビ化した魔物とも遭遇しない。
 平穏とは言い難いものの、窮するほどの危険もない道のりであった。

 ルフトは魔法薬店の入口を見やる。
 広く取ったそこは、赤黒くなって固まった血飛沫でペイントされていた。
 見れば誰かの手首や脚が切断された状態で転がっている。

 魔法薬は便利なものなので、すぐに奪おうと画策する者がいたのだろう。
 そこから争いが起きた挙句にゾンビに襲われたのか。

(皆で協力すればよかったのに……)

 ルフトは悲しげに思う。

 しかし、いくら嘆いたところで意味はない。
 ルフトだって魔法薬を求めてここっへやって来たのだから。
 目的を果たす必要があった。

 ルフトは慎重に店内を覗く。
 まだ何者かがいるかもしれない。

 不用意に音を立てるのは得策ではないだろう。
 相手が人間だろうがゾンビだろうが、遭遇した際のリスクは考えられる。

 店内にはかなり荒らされた形跡があった。
 薬品棚の大半が倒されて、床一面にガラスの破片が散乱している。
 やはり奪い合いや戦闘行為があったのは確かなようだ。

「まずいな……この感じだと魔法薬もないか?」

 店内の惨状を前に、ルフトは苦い表情を浮かべる。
 ここ以外で魔法薬を見つけるとなると、候補がかなり限られてしまう。
 どのみち今は急いでいるので、余計な手間を増やしたくなかった。

 ルフトは辛抱強く魔法薬を探す。
 そして、カウンター裏の木箱から僅かながら発見した。

 陳列前ということで見つからずに済んでいたらしい。
 思わぬ幸運に、ルフトは頬を綻ばせる。

「よかった、これでなんとかなる」

 ルフトは手に取った一本を大切そうに飲み干した。
 すぐに体内に魔力が満ちる感覚を覚える。
 これでいつでも召喚魔術を使えるようになった。
 それだけで強い安心感がある、とルフトは微笑む。

 残りの魔法薬は収納の鞄に仕舞った。
 貴重なアイテムだ。
 ミュータント・リキッドほどではないものの、大事に使わねばならない。

「他には何かないかな……」

 店内の奥を探せば、まだ放置されている魔法薬があるかもしれない。
 そう思ったルフトは探索を始めようとして、手を止める。

 奥の暗がりで人影が動く気配を感じたのだ。
 ルフトは反射的に斧を構え、じっと目を凝らして正体を見極める。

「あ、あれは……」

 そこにいたのは、壁を背にして座る瀕死の冒険者だった。
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