第六十二話 振り絞る勇気

文字数 1,933文字

 ルフトは戦う人々に注目する。

 身に着けた金属鎧やローブ、そして剣や弓や杖などの武器を見るに冒険者だろう。
 彼らは何重にも施した魔術で防御しながら、ゾンビ化した魔物と戦っている。
 行動からして暴徒ではなさそうだ。

(冒険者がなぜこんな場所に……まさか、僕らの他にも門の封鎖を試みる人たちがいたのか!)

 怪訝そうにしていたルフトの思考は、その可能性に至る。

 ありえない話ではなかろう。
 絶望に満ちた現状をどうにか打開したい。
 そう思うのは何もルフトだけではあるまい。

「よかった……まだ希望はあるんだ」

 眼前の魔物を斬り倒しながら、ルフトは頭の片隅で喜ぶ。
 学園の外で出会うのは、無数のゾンビ共と私欲に塗れた暴徒ばかりだった。
 どうしようもないと思っていたが、まだ善良な心を持つ人間が残っていたらしい。

 ただ、安堵するルフトの心境とは裏腹に、冒険者たちは苦戦を強いられていた。
 魔物の討伐を主な稼ぎとする彼らだが、ゾンビ化によってさらに凶暴になった個体が相手だと分が悪いのだ。
 常に感染のリスクが付きまとうのも原因だろう。
 慎重になって効果的な攻撃ができていないようだ。

 戦況は拮抗しているように見えるが、あのままではいずれ瓦解するに違いない。
 ゾンビ化した魔物はまだごまんといるのだから。

(僕らが、加勢しなければ……)

 冒険者たちの間にはそれなりの距離があった。
 あちらは目の前の魔物に精一杯で、ルフトとシナヅには気付いていない。
 第一、気付いていたとしても魔物がいるので容易に二人の所まで来れないだろう。
 こちらから駆け付ける他あるまい。

 いち早く判断したルフトは、前方で奮闘するシナヅに声をかける。

「シナヅさん! あっちに冒険者がいます! 助けに行きましょう!」

 ちらりとルフトを見たシナヅは、オーガの心臓を抉り出しながら言葉を返す。

『助けたければ自力で行くことだ。小官は横槍が入らないように配慮しよう』

 あくまでもシナヅはサポート役に徹するつもりらしい。
 冒険者たちを一瞥もせずに、軍服の骸骨は魔物たちを破壊していく。

(シナヅさんの力は借りれないか……でも、ここで見捨てることなんてできない!)

 刹那の間で逡巡を捨て去ったルフトは、大剣を手に冒険者たちのもとへ駆け出した。
 速まる鼓動を聞きながら、ひたすら前だけを見つめる。

「くそっ、早く魔術で蹴散らしてくれ!」

「無茶言うなっ! こっちだって魔力切れ寸前なんだよッ」

「畜生め、まだまだ湧いてきやがる……」

 冒険者たちはゾンビ化した狼の群れと対峙していた。
 獣人のゾンビも混ざっている。
 素早い動きに翻弄されているようだ。

「おい! こっちだ!」

 ルフトは叫ぶ。
 少しでも魔物の気を引いて、冒険者たちを守るためだ。

 思惑通り、ゾンビたちは標的をルフトに変えた。
 即座に反応した狼たちが、咆哮を轟かせて突進してくる。

 そんな光景を前に、ルフトは歯を食い縛った。

(逃げるな……確実に斬るんだ)

 無駄な動きは見せない。
 その分だけ致命的な隙が生じる。
 ルフトは攻撃の瞬間まで集中力を高めるつもりだった。

 互いに走り寄ることで、狼たちとの距離はすぐに詰まった。
 先頭にいた一匹が勢いよく跳んでくる。
 ぎらついた獰猛な眼差し。

 それを真っ向から睨み返しながら、ルフトは大剣を振り抜く。

「ゥラアァッ!」

 タイミングと軌道を合わせた一撃。
 重厚な刃は、大きく開いた顎から尻までを一気に縦断した。
 突進のエネルギーも相まって、狼は血肉をぶちまけながら地面を転がっていく。

「グルガアアアァッ!!」

 ルフトが一体を斬り殺した隙に、他の狼が跳びかかってきた。
 大剣を持つルフトに迎撃する暇はない。

 ところが、ルフトは慌てずに腰を落として大剣を掲げる。
 その表情は固いものの、冷静さを失っていなかった。

 直後、狼がルフトに次々と噛み付く。
 手足や背中、胴体に鋭利な牙が食い込んだ。

「……やはり大丈夫だったか」

 落ち着いた声音のつぶやき。

 ルフトは痛がるそぶりを見せず、平然と立っていた。
 身に纏うマジカルアーマーが、彼の身体をしっかりと保護していたのだ。
 未だ食らい付いたままの狼たちの牙は、ローブの生地を破れずにいる。

 血走った目で喉を鳴らす狼たちに群がられながら、ルフトは大剣を握る腕に力を込める。

「――今度はこっちの番だ」

 全身の筋肉を発揮してルフトは回転する。
 唸りを上げる大剣が、狼たちを豪快に斬り払った。
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