第1話

文字数 1,038文字

20年近く及んだ交際と結婚生活。終わりを告げた。別居。元妻から弁護士を立てられ、調停離婚。僕は傍に居たい。子供の成長を見届けたい。何故、僕へ最初に相談してくれないんだ。

結婚生活の継続を望んでいた。その様に意思を伝えた。叶わなかった。資産を半分。親権は元妻に。面会と養育費・慰謝料は無。元妻は社長娘。お金に困ってなどいない。

「別れさせたい人間の言葉だけ。聞き入れた結果だよね?君が本当に考え。決断したの?」

「・・・是からは貴方の為に生きて下さい」

それが最後の言葉だった。誰とも話したくなかった。アパートを引き払い実家に隠り、優しい親。

「ごはんできたよ?」

「・・・んー。」

これが精一杯なんだ。という自覚と共に言葉を失っている。感情の揺さぶりなどない。光合成をしている庭木が僕より元気そうで。

誰とも逢いたくも話したくもないのだけれど。下を向きながら。散歩した。庭木が羨ましくなって。近所の人達へ、自身の実家を気使って会釈する。真っ暗闇の曲がりくねった道を、あろうはずもない壁伝いに歩いてた。

徐々に家事をするようになっていた。

「ありがとう」

笑顔で応えられるが、言葉は少ない。薪ストーブに斧で割った樹木を運び込み、揺らいでいる炎に心を奪われた。南天に牡丹雪が積もっている。止む気配はなく、耐えられなそうだ。

眺めていた。ゆらゆらと燻る炎。一瞬、嫉妬を憶えた。僕にそれらは存在しなかった。それらが無いのを自覚したことに気づくと、羨ましくも無くなっていた。

一年が過ぎた頃。僕は僕を急かせるようになっていた。庭に咲き始めた寒梅。手足が冷たく動かなくなりそうになるまで気づけないなんて。

「このままで良いはずが無い。元に戻らないといけない」

そうしたかった。と想いたい。最後にくれた言葉が頭をよぎる。それを想い出し失笑してしまった。逢ってもくれない。連絡もくれないのに、まだ僕を急かしてくれる。実際、その様な事は無いのだけれど。苦笑いしか出てこない。

妄想を幻想の上塗りで僕は誤魔化した。既に何も考えてくれてなどいないことを理解しながら。今頃、子供用の。茹でただけの野菜・肉類。そして炭水化物の支度をしているに違いない。

僕にはそれらを心配する必要も資格も無い。この思考を繰り返し繰り返し。気付きはしていたのだけれど、やっと理解出来た。そう理解するしかなかった。

赦されているのは子供の名前と年齢・誕生日を記憶している事。他の事象に対して憂いても悦んでもいけない。この先は心穏やかであれば良いのだと・・・。
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