衆生済土の欠けたる望月【第二十話】

文字数 1,878文字





 ステージに設置されたDJブースにいるDJ枢木が往年のジャズのミックスを繋いでいき、ソーダフロート・スティーロの出番が始まる。
 そこからオリジナルの曲に変わっていくと、舞台照明が明るくなった。
 リズムマシンに乗った飛び道具的なサンプリングの音。
 三ツ矢学生宿舎で蔵人くんも使っていた、あのワブルベースが炸裂し、くるるちゃんのインプロピレーションが踊る。
「うっうー! みんなー、愛してるよー!」
 ワブルベースに乗せて、会場に手を振りながらステージに現れるのは、〈神楽坂ふぐり〉。
 いつの間にやらみんなのアイドルになった、プリンセス・オブ・ステージの神楽坂ふぐりだ!
「うっうー! みんなー、踊れー!」
 ふぐりに重ねるように、
「踊るんよー! 楽しんでってやぁー!」
 と、くるるちゃん。
「くるる! 愛してるー!」
「うちも愛しとるわぁ、ふぐりー! みんなも、うちらのこと、愛しとるぅー?」
 ふぐりとくるるちゃんにファンたちが「愛してるー!」と、レスポンスする。
 すごい熱気だ!
「みんなー、ふぐりたちのメロディでメロメロになれー!」
 オーディエンスたちが一斉に「ヒューッ」と叫ぶ。
 ふぐりが両手でマイクを持って、ステージを見て言う。
「みんなの顔が見えるよー! それではまず、この曲から。『夕陽さすとき』ですっ! うっうー!」
 ふぐりのタイトルコールと同時にくるるちゃんのスクラッチノイズ。
 楽曲が始まる。
 楽曲は、くるるちゃんがつくっているというのだから驚きだ。
 まさか、くるるちゃんにトラックメイカーの才能があったとは。

 ふぐりが歌う。
 曲の歌い出しを、僕は聴く。
「君がーあーるー、西の方よりしみじみとぉ~。あわれむごとく~。夕陽さすときぃ~」
 与謝野晶子をリスペクトしたようなリリックと、フックの効いたパンチラインをキメる神楽坂ふぐり。
 この場所全体が、熱狂の渦に包まれていく……。
 独特の世界が今、展開されているのを、僕は目撃しているのだ。


 熱狂の中。
 オーディエンスたちの少し後方、バンドやユニットの物販スペースのテントの前で、探偵・破魔矢式猫魔は、烏賊焼きを食べ終えると串をゴミ箱に捨て、紙コップのビールをぐびっと飲む。
 ビールで喉を潤してから、猫魔は僕に説明を始めた。
 喉を潤す、というと語弊がある。
 ビールで喉は瞬間的にしか潤わない。
 僕は隣に立っている破魔矢式猫魔の言葉に耳を傾ける。
「祭りには本来、二つの側面がある。ひとつは前夜祭。宵宮とかヨミヤと呼ばれるものだ。もうひとつは、みんなの知ってる〈ハレ〉としての、晴れやかな祭りの日のことだ。前夜祭である宵宮では神宮、氏子総代、役員たちのみで神事が行われる。宵宮の根底には、お籠りがあるんだ。お籠りの目的は神を迎える準備過程で、祭りの空間を浄化することなんだよ」
「お籠り?」
「そう。お籠り。コモリと呼ばれる。祭りはよく、日常を指す〈ケ〉に対する〈ハレ〉とされるが、〈ケ〉から〈ハレ〉の移行の間には『〈ケ〉枯れ』……すなわち『穢れ』の累積がある。だから祭りは〈ハレ〉で〈ハラウ〉……〈穢れ〉を〈祓う〉作用がある。〈ケ〉の活力を回復させるエネルギーを充足させるのがハレの状態、つまりは祭りだ。〈マツリ〉ってのは〈タテマツル〉ことでもあるんだな。奉るのは祭神である神霊だな。宵宮の次の日に祝祭空間が生まれるのは、神霊の顕在化を示す儀礼だ。カミが来臨し、ヒトの中に混じる。人間側が祝祭空間を管理して、ここに〈神遊び〉が生まれる」
「神遊び?」
「今のこのステージがそうなのさ」
「は?」
「神前で歌舞を奏すること。その歌舞を、〈神遊び〉と呼ぶ。今回のふぐりのミッションはくるるに手伝ってもらって、ステージで歌い、踊り、演奏することだったのさ」
「まぁ、ふぐりはアイドルステップ踏みながら歌ってるけどね、さっきから。アイドルステップが踊りかどうかは、怪しいもんだな」
 僕の言葉に、猫魔もケラケラ笑う。
 が。
 猫魔の身体がビクン、と震え、身体が一瞬硬直する。
 笑っていた猫魔がいきなりビールの入った紙コップを地面に落としたものだから、僕は慌ててしまう。
 地面がビールの液体を吸い込んでいく。
 一体、なにが起こった?
「くっ!」
「どうした、猫魔?」
 こめかみを指で押さえる猫魔。
「おれがつくった人払いの結界に誰か入ってきた……」
「なんだって!」
「奥の院へ向かうぞ。相手はまだおれの結界に入って迷宮の中だ。間に合わすぞ」
「なにに間に合わす? と、訊こうとしたけど、もうわかるよ。〈玉〉だね!」
「そういうことだ! 走るぞ、山茶花」



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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