筆持て立て。剣を取る者は皆、剣で滅ぶ【第六話】

文字数 1,566文字





 朝になると晴天だった。
 僕の横を歩く銀髪にスーツ、黒いハットに黒いドライバーズグローブ。
 この探偵、破魔矢式猫魔は、どこにいたって目立つ。
 目立つと言えば、僕と猫魔の目の前を、足下まで届く髪の毛を揺らしウキウキで歩く、小柄でグリーンを基調にした服装にアクセサリーをじゃらじゃらさせた猫魔の〈飼い主〉、百瀬珠総長も、目立つや目立つ。
 それに比べて僕はパーカー姿。
 地味目で結構だ、と言うより、どうあがいたってこの二人より目立つのは無理だ。

 電車に乗って着いたここは水戸駅。
 常陸国の県庁所在地だ。
 駅の北口を出ると、球総長が僕に、
「山茶花よ! 我が輩、そこの水戸黄門の銅像の前で記念写真を撮りたいんじゃよー!」
 と、大声で言う。
 は、恥ずかしい……。
「わ、わかりましたって。今、撮りますからね」
「違うのじゃよ、我が輩と猫魔と山茶花で銅像の前で記念撮影ピース、なのじゃよ!」
 だだをこねる珠総長。
「え、えぇ……?」
「ほら、山茶花。そこで丹念に清掃活動してるおっさんたちの誰かに撮ってもらそおうぞ」
「は、はぁ」
 キョロキョロ見ると、確かに、近くで清掃活動をしている集団がいた。
 だが、異様だ、そのおっさんたち。
 清掃員ではないのは丸わかりだ。
 五人ほどのメンバー全員が、理科教師が着るような白衣を着ている。
 全員、顔にはガスマスク。
 ごみを拾うどころか、地面のタイルの隙間を背中に背負った噴霧器で除菌し、黒ずんだ箇所をピカピカに磨いている。
 僕はガスマスクの中で、リーダー格のように思えた人物に恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、写真撮るの、お願いしてもよろしいでしょうか」
 ガスマスクから息をシュコーっと吐いてから、手を上げて親指と人差し指で丸をつくる。
 オーケーという意味だろう。
 ……で、写真を撮ってもらった。
 総長が僕と猫魔に、いろんなポーズを組ませるものだから、時間がかかってしまった。
「ありがとうございます」
 僕が言うと、写真を撮ってくれたリーダー格の白衣ガスマスクの男が、名刺を僕に差し出した。
 僕は男が差し出した名刺を見る。

「〈ワインレッドセンター〉代表・瀬川平原(せがわへいげん)……?」

「小童。写真を撮ってやった代わりに、このゼロ円札を買わないかね? 金だけに、かね? と疑問符だ。ぷぷぷ……」
 シュコー、とガスマスクから息を吐きながら、この男、瀬川平原は笑いをかみ殺した。
 僕はうさんくさいひとを見るように、目を細めて瀬川平原を見る。
 瀬川は続けた。
「お手持ちの一万円札と、ゼロ円札を交換してやろう。さ、ほれ、一万円札を出せ」
 やばいのに捕まっちゃったなぁ、と思っていたら、球総長は、
「山茶花、一万円くらいくれてやれ、その男に。見たところ〈アーティスト〉のようじゃしのぉ。美術作品と思えば安い物じゃよ、ゼロ円札とやらは。我が輩らの写真も撮ってくれたのじゃしのー。そうじゃろ、〈ワインレッドセンター〉代表・瀬川平原?」
 と、瀬川に言う。
「さぁて、なんのことでしょうかね、兼ね、金。……ぷぷぷ」
 僕らは水戸黄門像の前で写真を撮ってもらい、そして、ゼロ円札を買った。
 お金をもらうと、瀬川たち白衣の集団は、また清掃に戻った。
「奇っ怪な集団だなぁ」
 僕は清掃してる白衣ガスマスクたちを見ながら、呟く。
 そこに猫魔。
「前衛芸術集団・ワインレッドセンター。ハプニングやパフォーマンスをアートに昇華させたタイプのチームだよ。基本的には、都内で活動していると聞いていたが、常陸国にも足を伸ばすことも、あるんだな。それも、水戸芸術館があるからだろう。さ、おれたちはもう行こうぜ。待っているひとがいるんだ。待たせちゃまずい」
 こうして僕らは、水戸芸術館とアートタルタロスを目指して、歩き始めた。
 瀬川たちは、僕らには興味がないのか、無視して清掃を続ける。



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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