手折れ、六道に至りしその徒花を【第八話】

文字数 1,352文字





 政財界の要人がここ、護獄村の別荘に来ている。
 名は、江川と蔵原。
 江川は豪商であり資本家、蔵原は官僚である。
 別荘は蔵原のものである。
 蔵原が何故ここに別荘を持っているかというと、皮肉なことに、「護獄村の湯は、あの有名な高僧ですら晩年、その湯で身体を休めようと目指した土地であるから」というものであった。
 一方の江川はフィクサーであり、〈江川ルート〉と呼ばれる金の流れのその源流にいる人物であった。
 資金提供を受けるのは政治家だけではない。官僚もまた、動くのだ。
 今夜は、プライベート温泉に入って、二人で談義をしているのである。
 そこを、襲う。
 江川ルートの存在が知られれば、この国の腐敗した体制がわかる、と井上たちは考えた。

 僕、萩月山茶花は考える。
 何故、僕は小倉判官の首を手に入れたあと、探偵結社の事務所に帰らなかったのか、と。
 井上という僧はカリスマだった。
 観てみたい、と思ってしまった。
 ことの顛末を。
 カタストロフに陥る、その〈主義〉の行く末を。
 殺せなかったら、死を選ぶという彼ら。
 殺しても訪れる死。

 孤島、沼地、琢磨小路の三人には〈一人一殺〉らしく、井上から『デリンジャー』が配られた。
 デリンジャーというピストルは、銃弾が一発しか込められない。
 まさに、一人だけを殺し、多くの衆生を生かすための、装備だった。
 いや、彼らの史観寄りの見方をすれば、だが。
 その他の装備は、脇差し。
 ボディガードたちをこれでどうにかする、というのだから、驚きだ。
 それ以外に、脇差しは切腹するためにも使うのだ、という。

 僕は黙って、井上率いる現代の血盟連について行く。
 別荘は、小高い丘にある。
 相変わらず雨が降っていて、視界が悪い。
 だが、ここにいる誰もが、傘なんて差さない。
 その代わり、編み笠をかぶっている。
 行脚の僧だ、と呼ばれても文句は言えない格好だ。

 裏の政府は、この事件をどう思うだろう。
 どこまで知っているだろう。
 じゃあ、プレコグ能力を持つ〈魔女〉こと、百瀬珠は?
 わからない、僕にはなにも、わからない。
 わからないまま、別荘に着く。
「お、お、おでが行くべ」
 おどおどした声を出す琢磨小路だったが、その決行の速度は速かった。
 別荘の裏口の前に立っていたガードマン二人の頸動脈を背後から切って絶命させた。
 一人一殺の〈一人〉とは、〈巨悪〉を指し、その他は〈一人〉に含まれないのか、と疑問に思ったが、思考している暇はなかった。
「中に入るぜ?」
 沼地が言う。
 琢磨小路と孤島が頷く。
 井上は今できあがった死体に合掌した。
 合掌したのち、
「吹加持をしておこう。おまえらに、北斗妙見の守護があるように」
 と言う井上。
 〈お題目〉を唱え、それから三人に息を吹きかける。
「諸天の加護を願い、合掌!」
 井上が数珠を絡めた木剣を掲げそう言うと、孤島、沼地、琢磨小路もまた、合掌した。
 今度は、自分らのための合掌である。
 三人も、「五字七字」のお題目を唱える。
 妙な光景だが、その〈妙〉こそが蓮華法術式の肝なのであろう。
 僕は裏口で倒れている死体を一瞥して、建物に入る。
〈悪〉とは、一体誰を指すのか。
 僕には好奇心の方が善悪より勝ってしまっていた。
 カリスマの蟻地獄の穴に堕ちるのは、もうすぐだった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み