手折れ、六道に至りしその徒花を【第八話】
文字数 1,352文字
☆
政財界の要人がここ、護獄村の別荘に来ている。
名は、江川と蔵原。
江川は豪商であり資本家、蔵原は官僚である。
別荘は蔵原のものである。
蔵原が何故ここに別荘を持っているかというと、皮肉なことに、「護獄村の湯は、あの有名な高僧ですら晩年、その湯で身体を休めようと目指した土地であるから」というものであった。
一方の江川はフィクサーであり、〈江川ルート〉と呼ばれる金の流れのその源流にいる人物であった。
資金提供を受けるのは政治家だけではない。官僚もまた、動くのだ。
今夜は、プライベート温泉に入って、二人で談義をしているのである。
そこを、襲う。
江川ルートの存在が知られれば、この国の腐敗した体制がわかる、と井上たちは考えた。
僕、萩月山茶花は考える。
何故、僕は小倉判官の首を手に入れたあと、探偵結社の事務所に帰らなかったのか、と。
井上という僧はカリスマだった。
観てみたい、と思ってしまった。
ことの顛末を。
カタストロフに陥る、その〈主義〉の行く末を。
殺せなかったら、死を選ぶという彼ら。
殺しても訪れる死。
孤島、沼地、琢磨小路の三人には〈一人一殺〉らしく、井上から『デリンジャー』が配られた。
デリンジャーというピストルは、銃弾が一発しか込められない。
まさに、一人だけを殺し、多くの衆生を生かすための、装備だった。
いや、彼らの史観寄りの見方をすれば、だが。
その他の装備は、脇差し。
ボディガードたちをこれでどうにかする、というのだから、驚きだ。
それ以外に、脇差しは切腹するためにも使うのだ、という。
僕は黙って、井上率いる現代の血盟連について行く。
別荘は、小高い丘にある。
相変わらず雨が降っていて、視界が悪い。
だが、ここにいる誰もが、傘なんて差さない。
その代わり、編み笠をかぶっている。
行脚の僧だ、と呼ばれても文句は言えない格好だ。
裏の政府は、この事件をどう思うだろう。
どこまで知っているだろう。
じゃあ、プレコグ能力を持つ〈魔女〉こと、百瀬珠は?
わからない、僕にはなにも、わからない。
わからないまま、別荘に着く。
「お、お、おでが行くべ」
おどおどした声を出す琢磨小路だったが、その決行の速度は速かった。
別荘の裏口の前に立っていたガードマン二人の頸動脈を背後から切って絶命させた。
一人一殺の〈一人〉とは、〈巨悪〉を指し、その他は〈一人〉に含まれないのか、と疑問に思ったが、思考している暇はなかった。
「中に入るぜ?」
沼地が言う。
琢磨小路と孤島が頷く。
井上は今できあがった死体に合掌した。
合掌したのち、
「吹加持をしておこう。おまえらに、北斗妙見の守護があるように」
と言う井上。
〈お題目〉を唱え、それから三人に息を吹きかける。
「諸天の加護を願い、合掌!」
井上が数珠を絡めた木剣を掲げそう言うと、孤島、沼地、琢磨小路もまた、合掌した。
今度は、自分らのための合掌である。
三人も、「五字七字」のお題目を唱える。
妙な光景だが、その〈妙〉こそが蓮華法術式の肝なのであろう。
僕は裏口で倒れている死体を一瞥して、建物に入る。
〈悪〉とは、一体誰を指すのか。
僕には好奇心の方が善悪より勝ってしまっていた。
カリスマの蟻地獄の穴に堕ちるのは、もうすぐだった。
政財界の要人がここ、護獄村の別荘に来ている。
名は、江川と蔵原。
江川は豪商であり資本家、蔵原は官僚である。
別荘は蔵原のものである。
蔵原が何故ここに別荘を持っているかというと、皮肉なことに、「護獄村の湯は、あの有名な高僧ですら晩年、その湯で身体を休めようと目指した土地であるから」というものであった。
一方の江川はフィクサーであり、〈江川ルート〉と呼ばれる金の流れのその源流にいる人物であった。
資金提供を受けるのは政治家だけではない。官僚もまた、動くのだ。
今夜は、プライベート温泉に入って、二人で談義をしているのである。
そこを、襲う。
江川ルートの存在が知られれば、この国の腐敗した体制がわかる、と井上たちは考えた。
僕、萩月山茶花は考える。
何故、僕は小倉判官の首を手に入れたあと、探偵結社の事務所に帰らなかったのか、と。
井上という僧はカリスマだった。
観てみたい、と思ってしまった。
ことの顛末を。
カタストロフに陥る、その〈主義〉の行く末を。
殺せなかったら、死を選ぶという彼ら。
殺しても訪れる死。
孤島、沼地、琢磨小路の三人には〈一人一殺〉らしく、井上から『デリンジャー』が配られた。
デリンジャーというピストルは、銃弾が一発しか込められない。
まさに、一人だけを殺し、多くの衆生を生かすための、装備だった。
いや、彼らの史観寄りの見方をすれば、だが。
その他の装備は、脇差し。
ボディガードたちをこれでどうにかする、というのだから、驚きだ。
それ以外に、脇差しは切腹するためにも使うのだ、という。
僕は黙って、井上率いる現代の血盟連について行く。
別荘は、小高い丘にある。
相変わらず雨が降っていて、視界が悪い。
だが、ここにいる誰もが、傘なんて差さない。
その代わり、編み笠をかぶっている。
行脚の僧だ、と呼ばれても文句は言えない格好だ。
裏の政府は、この事件をどう思うだろう。
どこまで知っているだろう。
じゃあ、プレコグ能力を持つ〈魔女〉こと、百瀬珠は?
わからない、僕にはなにも、わからない。
わからないまま、別荘に着く。
「お、お、おでが行くべ」
おどおどした声を出す琢磨小路だったが、その決行の速度は速かった。
別荘の裏口の前に立っていたガードマン二人の頸動脈を背後から切って絶命させた。
一人一殺の〈一人〉とは、〈巨悪〉を指し、その他は〈一人〉に含まれないのか、と疑問に思ったが、思考している暇はなかった。
「中に入るぜ?」
沼地が言う。
琢磨小路と孤島が頷く。
井上は今できあがった死体に合掌した。
合掌したのち、
「吹加持をしておこう。おまえらに、北斗妙見の守護があるように」
と言う井上。
〈お題目〉を唱え、それから三人に息を吹きかける。
「諸天の加護を願い、合掌!」
井上が数珠を絡めた木剣を掲げそう言うと、孤島、沼地、琢磨小路もまた、合掌した。
今度は、自分らのための合掌である。
三人も、「五字七字」のお題目を唱える。
妙な光景だが、その〈妙〉こそが蓮華法術式の肝なのであろう。
僕は裏口で倒れている死体を一瞥して、建物に入る。
〈悪〉とは、一体誰を指すのか。
僕には好奇心の方が善悪より勝ってしまっていた。
カリスマの蟻地獄の穴に堕ちるのは、もうすぐだった。