衆生済土の欠けたる望月【第十四話】
文字数 1,494文字
☆
電話で聞いた住所まで街灯に照らされた学園都市の区画を歩く。
GPSを頼りに行って、到着するとそこは木造二階建てのアパートだった。
錆びた工事現場の足場みたいな階段を上がって、二つあるドアの左側の方をノックする。
「開いとるでぇ」
と、中から声がした。
僕はドアノブを回して、お邪魔しますもなにも言わずに、部屋に入った。
入るとアロマの香りで満ちていた。
エスニックな暖簾がかかっていて、そこを抜けると、ソファにどかっと座った小鳥遊ふぐりと、デスクに載せたデスクトップパソコンをいじっている椅子に座った枢木くるるちゃんがいた。
「山茶花、久しぶりなんやから、そんな怖い顔せんどいてぇ」
苦笑するくるるちゃん。
僕が口を開くのを制して、ふぐりが口を開く。
「このアパートは、ね。珠総長の家が持っている不動産よ。〈百瀬探偵結社〉の総長・百瀬珠は山の手のお嬢様なのをお忘れなく。でも、別にここが探偵結社の支部かというと、そうでもないんだけどね」
「猫魔は?」
「あのへぼ探偵ならばいないわよ。ここにはくるるとあたしの二人で住んでる。くるるは先に来ていて、『たまつかの坂』のクラブイベントの、レジデントDJとして活躍してもらってるってわけ」
レジデントDJとは、いつも同じ曜日にレギュラーでプレイするDJのことを指す。
「潜入してたのは僕だけじゃなかったってことか」
「あの探偵がいなくても、解決するわよ、あたし、ふぐりちゃんの手によってね。お茶の子さいさい!」
部屋の中でもゴス衣装を身にまとうふぐりと、群青色のジャージを着たくるるちゃん。
対照的だ。
事務所でもないのにマウスをカチカチとクリックしているくるるちゃんのパソコンの画面を見ると、音声の波形データが映し出されていて、その波形をカットしたり繋げたりしている。
興味津々で僕が立ったまま観ていると、
「座ればぁ?」
と、ふぐりが言うので目の前の座布団に座った。
テーブル越しにふぐりと向かい合う格好になった。
「今、お茶淹れるから待っといてぇ」
と、くるるちゃん。
「これ、どういうことなの」
「こっちが訊きたいわよ!」
いつも通り、殴るぞぼぎゃー、と怒る小鳥遊ふぐり。
相変わらずだ。
「数ヶ月会わなかっただけで、ずーっと会ってなかったような気がするよ」
「どう? 大学生活は?」
「上々だよ」
「教授たちの動向なんて追わないだろうからあたしたちで探りは入れておいたわ」
「どうやって?」
「学園都市の一貫校の女子校にくるるが潜入してて、好きな大学教授がいるのぉ~、とか適当に言っておけば、かなりのデータが入るわ。同時に〈裏政府〉の持ってる情報は猫魔が引き出して常陸市でうんうん唸ってたってわけよ」
「裏政府からも睨まれてる研究者がいる?」
「データ、真っ黒よ。〈市ヶ谷〉ルートも〈赤坂〉ルートも〈桜田門〉ルートでも、ね」
「うひー」
「アンクル・サムおじさんが飛び出してこないようにするのも大変なのよ」
「〈アンクル・サム〉……つまり、米合衆国、のことだね」
ふぐりと喋り始めるとキッチンに向かったくるるちゃんだが、お盆をトレンチのように持って、テーブルのある部屋に戻ってきた。
群青色のジャージに、真っ白いマフラーを巻いている。
「綺麗だね、そのマフラー」
くるるちゃんは笑う。
「これ、違うんやでぇ」
そこに、マフラーから〈鳴き声〉がした。
「はにゃはら、はにゃはら~」
動物的というより〈人外のなにか〉の声だ、これは。
と、すると、この長くてふさふさの白い毛の生命体は一体?
「はにゃはらぁ~?」
顔をのぞかせて、その白くて長い奴は鳴き声を出した。
新手のペット……なのか。
電話で聞いた住所まで街灯に照らされた学園都市の区画を歩く。
GPSを頼りに行って、到着するとそこは木造二階建てのアパートだった。
錆びた工事現場の足場みたいな階段を上がって、二つあるドアの左側の方をノックする。
「開いとるでぇ」
と、中から声がした。
僕はドアノブを回して、お邪魔しますもなにも言わずに、部屋に入った。
入るとアロマの香りで満ちていた。
エスニックな暖簾がかかっていて、そこを抜けると、ソファにどかっと座った小鳥遊ふぐりと、デスクに載せたデスクトップパソコンをいじっている椅子に座った枢木くるるちゃんがいた。
「山茶花、久しぶりなんやから、そんな怖い顔せんどいてぇ」
苦笑するくるるちゃん。
僕が口を開くのを制して、ふぐりが口を開く。
「このアパートは、ね。珠総長の家が持っている不動産よ。〈百瀬探偵結社〉の総長・百瀬珠は山の手のお嬢様なのをお忘れなく。でも、別にここが探偵結社の支部かというと、そうでもないんだけどね」
「猫魔は?」
「あのへぼ探偵ならばいないわよ。ここにはくるるとあたしの二人で住んでる。くるるは先に来ていて、『たまつかの坂』のクラブイベントの、レジデントDJとして活躍してもらってるってわけ」
レジデントDJとは、いつも同じ曜日にレギュラーでプレイするDJのことを指す。
「潜入してたのは僕だけじゃなかったってことか」
「あの探偵がいなくても、解決するわよ、あたし、ふぐりちゃんの手によってね。お茶の子さいさい!」
部屋の中でもゴス衣装を身にまとうふぐりと、群青色のジャージを着たくるるちゃん。
対照的だ。
事務所でもないのにマウスをカチカチとクリックしているくるるちゃんのパソコンの画面を見ると、音声の波形データが映し出されていて、その波形をカットしたり繋げたりしている。
興味津々で僕が立ったまま観ていると、
「座ればぁ?」
と、ふぐりが言うので目の前の座布団に座った。
テーブル越しにふぐりと向かい合う格好になった。
「今、お茶淹れるから待っといてぇ」
と、くるるちゃん。
「これ、どういうことなの」
「こっちが訊きたいわよ!」
いつも通り、殴るぞぼぎゃー、と怒る小鳥遊ふぐり。
相変わらずだ。
「数ヶ月会わなかっただけで、ずーっと会ってなかったような気がするよ」
「どう? 大学生活は?」
「上々だよ」
「教授たちの動向なんて追わないだろうからあたしたちで探りは入れておいたわ」
「どうやって?」
「学園都市の一貫校の女子校にくるるが潜入してて、好きな大学教授がいるのぉ~、とか適当に言っておけば、かなりのデータが入るわ。同時に〈裏政府〉の持ってる情報は猫魔が引き出して常陸市でうんうん唸ってたってわけよ」
「裏政府からも睨まれてる研究者がいる?」
「データ、真っ黒よ。〈市ヶ谷〉ルートも〈赤坂〉ルートも〈桜田門〉ルートでも、ね」
「うひー」
「アンクル・サムおじさんが飛び出してこないようにするのも大変なのよ」
「〈アンクル・サム〉……つまり、米合衆国、のことだね」
ふぐりと喋り始めるとキッチンに向かったくるるちゃんだが、お盆をトレンチのように持って、テーブルのある部屋に戻ってきた。
群青色のジャージに、真っ白いマフラーを巻いている。
「綺麗だね、そのマフラー」
くるるちゃんは笑う。
「これ、違うんやでぇ」
そこに、マフラーから〈鳴き声〉がした。
「はにゃはら、はにゃはら~」
動物的というより〈人外のなにか〉の声だ、これは。
と、すると、この長くてふさふさの白い毛の生命体は一体?
「はにゃはらぁ~?」
顔をのぞかせて、その白くて長い奴は鳴き声を出した。
新手のペット……なのか。