筆持て立て。剣を取る者は皆、剣で滅ぶ【第八話】

文字数 1,267文字





 京都にあった、天台・真言・律・禅の四宗兼学の道場、それが〈禁裏道場〉でした。
 その師範・道場主が百瀬家。ここにいらっしゃる百瀬珠お嬢様の家系でございます。
 徳川幕府が出来たときに徳川家は檀家制度をつくった。
 歴史的に見て稀な、宗教の〈去勢〉を謀ることで、その繁栄を築いたのです。
 仏教は檀家制度で去勢出来た。
 しかし、懸念があった。
 それが、切支丹の問題です。
 そこで、その支配を盤石にさせるための、切支丹由来の奇跡や魔術などに対抗するための、溝を埋める特殊機関が必要となった。
 国内だけでなくもちろん、対・外国の意味合いもある。
 そこで、禁裏道場から百瀬家の俊英が呼ばれた。
 その名は、〈百瀬ケイキ〉。
 彼が初代・対魔術異能守護職についた。

 使う教典は、今は世界に四冊しか現存しない書物『ドチリナ・キリシタン』。
 ドチリナ・キリシタンを所有するは水戸徳川家。
 天下の副将軍の頃より、カトリックのミサのための道具とともに伝わりし物。

 水戸徳川に伝わるは、カトリックで最も大切にされし、ミサに関係する遺品。
 それらが揃っていたのです。

 神父が身につける司祭祭服(カズラ)襟垂帯(ストラ)腕帛(マニプルス)、萩蒔絵聖餅櫃、御聖体入れなどミサにおいて司祭が使用する道具が、葡萄酒を入れるカリスと呼ばれる聖杯を除き、隠すように伝わっていたのです。
 ドチリナ・キリシタンとは、伝道のための、カトリック要理。

 信徒の所持品というよりは、司祭つまり神父かその代役を果たす者が所持していた遺品であり、この種の遺品は全国的に見ても〈禁じられた代物〉でした。

 その禁じられた物を使い、江戸を守ったのが、百瀬ケイキから始まる対魔術異能守護職でした。

 水戸徳川にそのひとあり、と言われた水戸学の体現者である〈烈公・徳川斉昭〉。
 彼は西洋の物品に対して大いに興味を示し、「国民皆兵路線」を唱え、西洋近代兵器の国産化を目指した。
 そのとき暗躍したのもまた、非公開組織であった百瀬家率いる対魔術異能守護職だった、ということも付け加えておきましょう。


 なお、『ドチリナ・キリシタン』は、刊行年・刊行地共に不明の国字本「どちりいな・きりしたん」、文禄元年、1592年発行の天草版ローマ字本、慶長5年、1600年発行の長崎版ローマ字本、同年発行の長崎版国字本「どちりな・きりしたん」の4種類があるのですが、これらはそれぞれ1冊ずつしか現存してないのは前述した通りです。
 収蔵館は最初から順番に、バチカン図書館、東洋文庫、水戸徳川家、カサナテンセ図書館。
 水戸徳川の最終兵器だった、とも言えるでしょう。


 百瀬珠お嬢様は、その血脈にいらっしゃるお方です。
 斉昭から起こった廃仏運動も、思えば対魔術異能守護職とも関係があるのでしょう。
 江戸の守護者は将門だけではなく、百瀬ケイキでもあったと、わたしなどは愚考致します。
 お嬢様は現在、その将門をお調べになるために、一族が徳川の頃お住みになられていた常陸国に来たことは、一族の奇縁と申しましょうか。

 長々と失礼致しました。
 管理人のわたしからは以上です。



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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