庚申御遊の宴【第三話】
文字数 2,594文字
☆
「……………………ざんか、…………さ、山茶花ぁ。ん? あ、起きた!」
気づくと自室のベッドの上だった。
百瀬探偵結社の事務所の二階の、僕の部屋。
横を見る。
そこには、パイプ椅子を持ってきて座っている事務員の枢木 くるるちゃんが、泣きはらした真っ赤な目をごしごしこする姿が見えた。
そのアホ毛つきのシャギーボブの毛先が揺れる。
「うち、心配したんやからぁ。もう目ぇ覚まさないかもって、猫魔お兄ちゃんが言うからぁ」
僕は頭を下げる。
顔をあげて、くるるちゃんの頭頂部をぽんぽん、と叩く。
枢木くるるちゃんは僕のその手を払いのける。
くるるちゃんのアホ毛がピンと伸びた。
「ごまかさんといでよぉ! 山茶花が死んじゃったら、誰がうちに甘酒をつくってくれるって言うん?」
「ごめんね、くるるちゃん」
「謝ってもダメ! 死なないって、約束して。…………んん? なににやけてんのかなぁ、山茶花? 今、自分がモテてるって思ってるでしょ! そういう意味じゃないからねっ! このバカ山茶花!」
今度は僕の頭を、くるるちゃんが叩く。
僕の場合と違い、強力な殴り。
痛い。
「大丈夫だって。僕、これでも悪運だけは強いんだから。あ、う、痛ててててて。おなかのところも痛い……叩かれた頭と同じくらいに」
「うちのグーと一緒にせぇへんでな? けどなぁ、ほら。三尸って虫に囓られて血がどぱどぱ出たんだから、当然やわ。もう、ほんとバカなんだからぁ……」
「三尸って、一体なんだったんだろう」
「さぁ?」
くるるちゃんも首をかしげる。
そこに、いつの間にかいた、開きっぱなしのドアを背もたれにして腕を組んでいた破魔矢式猫魔が、
「説明。一応しておこうか、山茶花」
と、提案する。
願ってもないことだ。
僕は説明をお願いした。
「三尸とは寄生虫のようなもので、庚申の日の夜、眠っている宿主の人体を抜け出し、〈庚申サマ〉にその人間の悪行の告げ口に這い出てくる三匹の虫のことなんだ」
三尸は三匹、体内に入っている、という。
「上中下の三匹の三尸がいてね。上尸は頭にいて、顔をしわくちゃにし、白髪頭にさせてしまう。下尸は足にいて、生命力と精力を奪う。先日のあの旦那さんは、じいさんになっていたろ。それは、庚申待の禁忌を破った報復で、三尸が行ったものだ。だから、身体が老人になってしまっていたんだ」
「三匹ってことはもう一匹いるんだろ。そいつが、僕のおなかに突き刺さった」
「その通り。中尸というのがいて、こいつは腹中にいて、五臓を傷つける」
「なるほど。で、猫魔は、その庚申サマっていう神の使いをそのグローブで握りつぶした、と」
「そういうことになるな。依頼人がどうにかしてくれって言うから、その通りにしたまでさ。庚申待の夜の不倫が原因なのに。依頼人は奥さんだったけど、離婚とかしてなければいいね」
「してなければいいねって、ひとごとみたいに言うんだなぁ」
と、そこに、ふははははあぁー、高笑いをする幼児体型の女性がゆっくりと現れる。
部屋の入り口で立ち止まって、両方の手を腰にあてた。
この幼児体型でエスニックな服を着こなしている女性こそ、百瀬探偵結社の〈魔女〉である、百瀬珠 総長だ。
「依頼金はたーーーーんまりもらったからのぉ! 我が輩、大満足なのじゃ! アフターケアまでは頼まれてないもんねー。後のことは知ったことじゃないわい」
「珠総長まで猫魔と同じような意見なのか……」
破魔矢式猫魔は百瀬珠総長にお辞儀をすると、直立して、道を空ける。
「な。総長が言うなら、それで良いだろう?」
鼻頭をかく僕。
「確かに、……そうだね。総長が言うなら」
「ふふーん。我が輩、プレコグ能力者だから、なにかが起こってそれがお金に変換できるの、わかっていたんじゃもんねー!」
百瀬珠総長は高笑いをやめない。
〈プレコグ〉とは、予知能力の一種のことである。
お金に関してにしか使わないようだけど、百瀬珠総長が、そのプレコグという超能力を有しているのは事実だ。裏の政府公認のESP能力者が、百瀬珠総長であり、〈魔女〉と呼ばれる所以でもあった。
猫魔は、両の手のひらをぱちん、と叩いて、自分に視線を注目させる。
「傷なんかもう塞がったろ。さ、カレーうどんをつくれよ、萩月山茶花」
そう言う猫魔は笑顔だ。
「全く。ひとづかいがあらいな、探偵」
「うちもカレーのおうどん、食べたいわぁ」
「我が輩も食事待ってたからぺこぺこじゃぞ」
みんなも、僕のつくるカレーうどんが食べたいらしい。
探偵・猫魔は思い出したようにそらんじる。
「雀一羽落ちるのにも神の摂理がある。無常の風は、いずれ吹く。今吹くなら、あとでは吹かぬ。あとで吹かぬなら、今吹く。今でなくとも、いずれは吹く。覚悟がすべてだ。生き残した人生など誰にもわからぬのだから、早めに消えたところでどうということはない。なるようになればよい」
「なんじゃそりゃ」
僕の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「自力のみを頼ってあれかこれかと悩むのではなく、もうひとつ高い次元で、神の導きのまま自力のすべてを出し切って最善の生き方をしよう、ってな意味さ」
「出典は」
「『ハムレット』。シェイクスピアさ」
「なぜ今、その引用をしたし?」
「あはは。運命の導きのあるがままに自力で最善を尽くせよ、山茶花。おれもそうしてる。カレーうどんをつくるのも、それを最善だと思えればこそだ、な」
「え? なに? カレーうどんの話にしちゃっていいの、その名言を! ま、まあ、つくるけどさ。胃袋を満たすのは最善だよ。みんなにとっても、僕にとっても。カレーうどんという料理に関しても、僕はカレー好きだし、うどんも好き。カレーうどんを邪教の産物とは思わない。僕はカレーうどんに偏見はない」
「高い次元へと上ったようだな、山茶花」
「おかげさまで。アウフヘーベンしちゃったよ!畜生 !」
意味も山も落ちもない言葉のやりとりをかわしてから、僕はキッチンへ向かうために。
身体を起こし、ベッドから立ち上がる。
意識回復後すぐに料理か。
でも、動けるって知ってもらえれば、心配をかけなくていいかもな。
「はいはい。今つくりますよーだ」
「猫魔お兄ちゃん、お手柄ぁ」
「だろ?」
「つくるの、僕だけどね!」
くるるちゃんと猫魔に噛みつく僕は、みんなが集まる中、キッチンへ行くため、歩き出す。
意外と、歩けるものだった。
「……………………ざんか、…………さ、山茶花ぁ。ん? あ、起きた!」
気づくと自室のベッドの上だった。
百瀬探偵結社の事務所の二階の、僕の部屋。
横を見る。
そこには、パイプ椅子を持ってきて座っている事務員の
そのアホ毛つきのシャギーボブの毛先が揺れる。
「うち、心配したんやからぁ。もう目ぇ覚まさないかもって、猫魔お兄ちゃんが言うからぁ」
僕は頭を下げる。
顔をあげて、くるるちゃんの頭頂部をぽんぽん、と叩く。
枢木くるるちゃんは僕のその手を払いのける。
くるるちゃんのアホ毛がピンと伸びた。
「ごまかさんといでよぉ! 山茶花が死んじゃったら、誰がうちに甘酒をつくってくれるって言うん?」
「ごめんね、くるるちゃん」
「謝ってもダメ! 死なないって、約束して。…………んん? なににやけてんのかなぁ、山茶花? 今、自分がモテてるって思ってるでしょ! そういう意味じゃないからねっ! このバカ山茶花!」
今度は僕の頭を、くるるちゃんが叩く。
僕の場合と違い、強力な殴り。
痛い。
「大丈夫だって。僕、これでも悪運だけは強いんだから。あ、う、痛ててててて。おなかのところも痛い……叩かれた頭と同じくらいに」
「うちのグーと一緒にせぇへんでな? けどなぁ、ほら。三尸って虫に囓られて血がどぱどぱ出たんだから、当然やわ。もう、ほんとバカなんだからぁ……」
「三尸って、一体なんだったんだろう」
「さぁ?」
くるるちゃんも首をかしげる。
そこに、いつの間にかいた、開きっぱなしのドアを背もたれにして腕を組んでいた破魔矢式猫魔が、
「説明。一応しておこうか、山茶花」
と、提案する。
願ってもないことだ。
僕は説明をお願いした。
「三尸とは寄生虫のようなもので、庚申の日の夜、眠っている宿主の人体を抜け出し、〈庚申サマ〉にその人間の悪行の告げ口に這い出てくる三匹の虫のことなんだ」
三尸は三匹、体内に入っている、という。
「上中下の三匹の三尸がいてね。上尸は頭にいて、顔をしわくちゃにし、白髪頭にさせてしまう。下尸は足にいて、生命力と精力を奪う。先日のあの旦那さんは、じいさんになっていたろ。それは、庚申待の禁忌を破った報復で、三尸が行ったものだ。だから、身体が老人になってしまっていたんだ」
「三匹ってことはもう一匹いるんだろ。そいつが、僕のおなかに突き刺さった」
「その通り。中尸というのがいて、こいつは腹中にいて、五臓を傷つける」
「なるほど。で、猫魔は、その庚申サマっていう神の使いをそのグローブで握りつぶした、と」
「そういうことになるな。依頼人がどうにかしてくれって言うから、その通りにしたまでさ。庚申待の夜の不倫が原因なのに。依頼人は奥さんだったけど、離婚とかしてなければいいね」
「してなければいいねって、ひとごとみたいに言うんだなぁ」
と、そこに、ふははははあぁー、高笑いをする幼児体型の女性がゆっくりと現れる。
部屋の入り口で立ち止まって、両方の手を腰にあてた。
この幼児体型でエスニックな服を着こなしている女性こそ、百瀬探偵結社の〈魔女〉である、
「依頼金はたーーーーんまりもらったからのぉ! 我が輩、大満足なのじゃ! アフターケアまでは頼まれてないもんねー。後のことは知ったことじゃないわい」
「珠総長まで猫魔と同じような意見なのか……」
破魔矢式猫魔は百瀬珠総長にお辞儀をすると、直立して、道を空ける。
「な。総長が言うなら、それで良いだろう?」
鼻頭をかく僕。
「確かに、……そうだね。総長が言うなら」
「ふふーん。我が輩、プレコグ能力者だから、なにかが起こってそれがお金に変換できるの、わかっていたんじゃもんねー!」
百瀬珠総長は高笑いをやめない。
〈プレコグ〉とは、予知能力の一種のことである。
お金に関してにしか使わないようだけど、百瀬珠総長が、そのプレコグという超能力を有しているのは事実だ。裏の政府公認のESP能力者が、百瀬珠総長であり、〈魔女〉と呼ばれる所以でもあった。
猫魔は、両の手のひらをぱちん、と叩いて、自分に視線を注目させる。
「傷なんかもう塞がったろ。さ、カレーうどんをつくれよ、萩月山茶花」
そう言う猫魔は笑顔だ。
「全く。ひとづかいがあらいな、探偵」
「うちもカレーのおうどん、食べたいわぁ」
「我が輩も食事待ってたからぺこぺこじゃぞ」
みんなも、僕のつくるカレーうどんが食べたいらしい。
探偵・猫魔は思い出したようにそらんじる。
「雀一羽落ちるのにも神の摂理がある。無常の風は、いずれ吹く。今吹くなら、あとでは吹かぬ。あとで吹かぬなら、今吹く。今でなくとも、いずれは吹く。覚悟がすべてだ。生き残した人生など誰にもわからぬのだから、早めに消えたところでどうということはない。なるようになればよい」
「なんじゃそりゃ」
僕の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「自力のみを頼ってあれかこれかと悩むのではなく、もうひとつ高い次元で、神の導きのまま自力のすべてを出し切って最善の生き方をしよう、ってな意味さ」
「出典は」
「『ハムレット』。シェイクスピアさ」
「なぜ今、その引用をしたし?」
「あはは。運命の導きのあるがままに自力で最善を尽くせよ、山茶花。おれもそうしてる。カレーうどんをつくるのも、それを最善だと思えればこそだ、な」
「え? なに? カレーうどんの話にしちゃっていいの、その名言を! ま、まあ、つくるけどさ。胃袋を満たすのは最善だよ。みんなにとっても、僕にとっても。カレーうどんという料理に関しても、僕はカレー好きだし、うどんも好き。カレーうどんを邪教の産物とは思わない。僕はカレーうどんに偏見はない」
「高い次元へと上ったようだな、山茶花」
「おかげさまで。アウフヘーベンしちゃったよ!
意味も山も落ちもない言葉のやりとりをかわしてから、僕はキッチンへ向かうために。
身体を起こし、ベッドから立ち上がる。
意識回復後すぐに料理か。
でも、動けるって知ってもらえれば、心配をかけなくていいかもな。
「はいはい。今つくりますよーだ」
「猫魔お兄ちゃん、お手柄ぁ」
「だろ?」
「つくるの、僕だけどね!」
くるるちゃんと猫魔に噛みつく僕は、みんなが集まる中、キッチンへ行くため、歩き出す。
意外と、歩けるものだった。