庚申御遊の宴【第十話】
文字数 1,564文字
☆
「日は香炉を照らし紫煙生ず
遥かに看る瀑布の前川に挂くるを
飛流直下三千尺
疑ふらくは是れ銀河の九天より落つるかと」
言い換えよう。
そう、破魔矢式猫魔は言った。
「日の光が香炉峰を照らし山全体に紫色のもやがたちこめている。
はるか遠くには滝が前方にある川に掛かって流れ落ちているのが見える。
滝の水の飛ぶように早い流れはまっすぐ下へ三千尺落ちている。
水が天の川の最も高いところから落ちてきたのではないかと思うほどだ」
誰の詠んだ詩だい? と僕が訊くと、滝不動の音の中で猫魔は、
「李白さ。『廬山の瀑布を望む』っていう有名な漢詩だよ」
と、滝の瀑布を観ながら僕に返した。
阿加井寺薬師の滝不動に、僕、ふぐり、猫魔の三人は来ている。
「じゃ、まずは暗くなる前に、お堂に入ろうか。死体の確認だ」
猫魔が言いながら革靴で音を立て歩いていく。
よどみない足の動き。死体が怖くないのか、と僕は疑問に思ったが、くぐり抜けた事件の量が違うのだ。猫魔は、怖じけない。
一方のふぐりは、あまり気が進まないようだ。
立派な探偵になると目標を掲げても、まだ見習い探偵なのだ。仕方ない。
僕とふぐりは、猫魔のあとに続く。
僕はまた、解錠する。
寺のお堂に入ると、最前と変わらず、護摩壇に磔にされた住職の姿があった。
「この寺には、住職しか僧侶がいないんだよね。でも」
と、猫魔。
「探せばもう一人、出てくるはずだよ、ひとが」
ふぐりが猫魔に尋ねる。
「ど、どこにいるって言うのよ、猫魔」
「たぶん、ご不浄にいるんじゃないかな。洗面所。女子トイレだよ。ドアノブがあるとこを調べてみてくれないか、ふぐり」
「わ、わかったわ」
意外に素直に言うことを聞いた小鳥遊ふぐりは、女子トイレに。
そして、一分も経たないうちに戻ってきた。
「死んでる……。佐幕沙羅美の母親が。ドアノブで首を吊って。どういうこと?」
「そういうことだよ、ふぐり」
「犯人は誰なの?」
「そうせかすなって。住職を殺したのが伽藍マズルカだと思ってたわけだろ。直接手を下しているのは沙羅美の母親だよ」
「伽藍マズルカが怪しいの変わりはないわ」
「今回の事件のキーマンであることに間違いはないね。ふぐりが言うのは間違ってない。とりあえず、警察を呼ぶのはあとにしよう。これから一波乱があるだろうし、〈裏の世界〉が関わる件だったら問題がややこしくなるだけだ。犯人を、突き出せる状態に持っていこう」
僕は口を挟む。
「猫魔。今回の件は、佐幕沙羅美が亡き父親の亡霊を見るから、亡霊が現れる理由が知りたい、ってことじゃなかったのかい」
「うん。それが受けた依頼だ。だが、入り組んでる糸をほぐさないと、事件の解決はできないぜ?」
「死体の前で話すのは嫌だよ。ここを早く去ろうよ、猫魔」
猫魔は僕の言葉を遮る。
「滝のところにもう一度行こう」
「なんでだよ」
怒り気味の声を出してしまう僕。
探偵は答えた。
「この村の観光資源になりそうだったのはここ、阿加井嶽なんだぜ。〈竜燈〉が出るって伝説が残っているからね。竜燈ってのは、竜のかたちをした正体不明の炎の球だ。この阿加井嶽にはそいつが出るっていう伝説があるんだ。それにここの寺は東北の十二薬師霊場第一番でもある。今は誰もいないみたいだけど。寂れてるけど霊験あらたかなんだぜ。ちゃんと観ておきたい。沙羅美の父の亡霊も『竜燈を照らせ』って言葉を吐くって言う話じゃないか」
猫魔はスタスタと歩いて行く。
「まずはクールダウンしようぜ」
自分勝手に見えるけど、考えているんだな、探偵も。
急ぎすぎても焦るばかりで空回りするかもしれないし、話に乗ろう。
「日は香炉を照らし紫煙生ず
遥かに看る瀑布の前川に挂くるを
飛流直下三千尺
疑ふらくは是れ銀河の九天より落つるかと」
言い換えよう。
そう、破魔矢式猫魔は言った。
「日の光が香炉峰を照らし山全体に紫色のもやがたちこめている。
はるか遠くには滝が前方にある川に掛かって流れ落ちているのが見える。
滝の水の飛ぶように早い流れはまっすぐ下へ三千尺落ちている。
水が天の川の最も高いところから落ちてきたのではないかと思うほどだ」
誰の詠んだ詩だい? と僕が訊くと、滝不動の音の中で猫魔は、
「李白さ。『廬山の瀑布を望む』っていう有名な漢詩だよ」
と、滝の瀑布を観ながら僕に返した。
阿加井寺薬師の滝不動に、僕、ふぐり、猫魔の三人は来ている。
「じゃ、まずは暗くなる前に、お堂に入ろうか。死体の確認だ」
猫魔が言いながら革靴で音を立て歩いていく。
よどみない足の動き。死体が怖くないのか、と僕は疑問に思ったが、くぐり抜けた事件の量が違うのだ。猫魔は、怖じけない。
一方のふぐりは、あまり気が進まないようだ。
立派な探偵になると目標を掲げても、まだ見習い探偵なのだ。仕方ない。
僕とふぐりは、猫魔のあとに続く。
僕はまた、解錠する。
寺のお堂に入ると、最前と変わらず、護摩壇に磔にされた住職の姿があった。
「この寺には、住職しか僧侶がいないんだよね。でも」
と、猫魔。
「探せばもう一人、出てくるはずだよ、ひとが」
ふぐりが猫魔に尋ねる。
「ど、どこにいるって言うのよ、猫魔」
「たぶん、ご不浄にいるんじゃないかな。洗面所。女子トイレだよ。ドアノブがあるとこを調べてみてくれないか、ふぐり」
「わ、わかったわ」
意外に素直に言うことを聞いた小鳥遊ふぐりは、女子トイレに。
そして、一分も経たないうちに戻ってきた。
「死んでる……。佐幕沙羅美の母親が。ドアノブで首を吊って。どういうこと?」
「そういうことだよ、ふぐり」
「犯人は誰なの?」
「そうせかすなって。住職を殺したのが伽藍マズルカだと思ってたわけだろ。直接手を下しているのは沙羅美の母親だよ」
「伽藍マズルカが怪しいの変わりはないわ」
「今回の事件のキーマンであることに間違いはないね。ふぐりが言うのは間違ってない。とりあえず、警察を呼ぶのはあとにしよう。これから一波乱があるだろうし、〈裏の世界〉が関わる件だったら問題がややこしくなるだけだ。犯人を、突き出せる状態に持っていこう」
僕は口を挟む。
「猫魔。今回の件は、佐幕沙羅美が亡き父親の亡霊を見るから、亡霊が現れる理由が知りたい、ってことじゃなかったのかい」
「うん。それが受けた依頼だ。だが、入り組んでる糸をほぐさないと、事件の解決はできないぜ?」
「死体の前で話すのは嫌だよ。ここを早く去ろうよ、猫魔」
猫魔は僕の言葉を遮る。
「滝のところにもう一度行こう」
「なんでだよ」
怒り気味の声を出してしまう僕。
探偵は答えた。
「この村の観光資源になりそうだったのはここ、阿加井嶽なんだぜ。〈竜燈〉が出るって伝説が残っているからね。竜燈ってのは、竜のかたちをした正体不明の炎の球だ。この阿加井嶽にはそいつが出るっていう伝説があるんだ。それにここの寺は東北の十二薬師霊場第一番でもある。今は誰もいないみたいだけど。寂れてるけど霊験あらたかなんだぜ。ちゃんと観ておきたい。沙羅美の父の亡霊も『竜燈を照らせ』って言葉を吐くって言う話じゃないか」
猫魔はスタスタと歩いて行く。
「まずはクールダウンしようぜ」
自分勝手に見えるけど、考えているんだな、探偵も。
急ぎすぎても焦るばかりで空回りするかもしれないし、話に乗ろう。