道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第十話】

文字数 1,652文字





 快晴の天気。
 時期的なせいで、空気は湿度高めだけれども。
「予科練のあった土浦に、こんな違法建築群が出来ちまうんだもんなぁ」
 頭の後ろに手を回して、事務所の名義の軽自動車の助手席に座った猫魔が言う。
「クルマ、どこに止めようか」
 と、僕。
「九龍の近くに止めたら盗まれるぜ」
「だよなぁ」
 猫魔の言葉が、遠くにそびえ立つ土浦九龍の外観を見ていると、妙に納得出来る。
「駅前まで引き返して止めよう」
「それが良い。歩いてまた、ここまで来ようぜ」
 パステルブルーの色をした軽自動車をとぼとぼ走らせ、駅前のパーキングに止めた。
 猫魔、ふぐり、僕の三人での行動だ。
 くるるちゃんは事務所で留守番。
 東京の事務所にいる舞鶴めるとは別行動で動いているらしい。
 総長の危機だ、舞鶴めるとも増援に駆けつけてきてくれてはいるが、単独行動が好きな彼女は、僕らより先に土浦九龍に入ってなにか工作をしていると、ここに来る前にくるるちゃんが僕に説明してくれた。
 ふぐりが目を細めて言う。
「九龍。流石、スラム街、って感じよね。あんな無法地帯に今からあたしたち、入っていくのね。怖気(おぞけ)がするわ」
「まあ、そう言うなって。そこに住んでるひとたちの中にも、いいひとだっているさ」
「悪いひとたちの中に、って意味でしょ、それは」
 ふぐりと猫魔が言い合っているところに僕が割り込む。
「でもさぁ、ふぐり。僕らだって〈悪いひとたち〉だよ? 世間からすれば、ね」
「口が減らないわね、あんたたちは」
「ふぐりには言われたくないよ」
「だな」
 歯ぎしりする小鳥遊ふぐり。
 話しながら歩いていると、日本の九龍城砦こと、土浦九龍が見えてきた。
「ところでビビり屋さんのふぐり。おまえもこれをそのゴス衣装の上に羽織っておくんだ」
「えー?」
 不平を漏らすふぐり。
 だが、猫魔が持ってきた大きな洗濯屋の紙袋から取り出した詰め襟の制服を受け取ると、渋々それを羽織った。
 濃紺の、七つボタンの詰め襟制服。七個のボタンには桜と錨が描かれている。
荒鷲(あらわし)の方から譲り受けた制服だ。本物なんだぜ」
「荒鷲?」
 僕が頭にクエスチョンマークを浮かべると、
「予科練の出身者のことを、マスコミは〈荒鷲〉と呼んでいたのさ。予科練の制服の七つボタンは〈世界の七つの大陸、七大洋〉と〈月月火水木金金の訓練〉を表わしているんだ。そして、〈七つボタン〉と呼ぶだけでそれは予科練の隠語になる。で、これがその予科練の制服だ」
 そう言って紙袋から、僕と猫魔の分の詰め襟制服も取り出した。
「駅前からこれ着てたら目立つからな。ここで羽織って、気合い入れ直して九龍に入ろうぜ」
「予科練とは常陸に住んでるとよく聞くけど、なにを指す言葉なんだ」
「山茶花。調べる以前に、疑問にも思わないで聞き流していただろう。ここ常陸国じゃよく聞く単語だからな、予科練は。仕方ないとも言える、か。……予科練とは海軍飛行予科練習生のことだ。志願制の航空兵養成制度のひとつだ。現在で普通に予科練て呼ぶときはだいたいその方たちが通っていたその海軍兵学校を指す……みたいな感じだな」
「で。なんでその制服を僕らはバンカラ風に羽織っているのさ?」
「お。近づいてきたな、違法建築アパート群。住めば都の常陸国で一番二番を争うスラム街だ!」
 まずは戦後闇市を想起させるバラックが並んでいた。
 が、進むとトタン屋根のバラックが四段、五段に重なっている。
 トタンとベニヤ板でつくった本来は平屋であったであろう建物。
 その上に、やっぱりトタンと薄っぺらいベニヤ板が乗っかって、五階建てになっていたりする。
 視界に映る建物がそんな異形の建物だらけになっていく。
 建築なんて知らなくてもこれは違法な建築物で、しかもその設計、まるでひとが住むこともまわりへの安全性も考えてないのが丸わかりだ。
 圧倒的に凄い。
 遠くで見ると蜂の巣に似たおかしさがあったが、中に入ると、ヤバさがわかる。
 いつ壊れて下敷きになるかわからない建築群だ。
 破魔矢式猫魔は言う。
「疑問はすぐに氷解するぜ?」



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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