泰山に北辰尊星の桜吹雪を【第五話】
文字数 1,983文字
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学校の食堂に来た。
女子校の食堂、メニューも含めかなり気になってはいたものの、献立はヘルシー路線なのか野菜カレーや山菜うどん、あしぼその味噌汁などがラインナップされてはいるが普通と言えば普通だった。私立だし、ちょっと値が張る食材を使ってちょっち面倒な料理を出す。その点では、僕は「いいね!」と頷き、とろろ蕎麦を注文する。
「だーかーらー! なんで二人揃ってうちのガッコに来ちゃうのかなぁ! 山茶花が父兄ってだけでも不敬なのに、あのクズ探偵・破魔矢式猫魔が特別講師? あり得ないわ! ないわぁー! ないない! おかしいって!」
猫魔はやれやれという調子で応える。
「ふぅ。ふぐり。それは学校側に文句を言うんだな。おれや山茶花に言うのはお門違いだ」
「そうだよ、ふぐり。珠総長の意向なんだから、仕方ないって割り切っておかないと。それに僕はふぐりの保護者と言ってもいいくらいだし、猫魔はその道のプロだ。〈星の話〉、面白かったじゃないか」
「そういう問題じゃないわ! いや、前提がおかしいからね? あんたはあたしの保護者じゃありません!」
「一緒のビルに住んでるじゃないか」
「ああああ! そういうこと言うな。ここは女子校の食堂、誰が聞いてるかわかんないの! デリカシーないわね、ほんとにバカ山茶花! 聞かれたら邪推されるでしょうが! ビルのほとんどがまるごと百瀬探偵結社の事務所で、その事務所の一部屋ずつに、あたしたちの部屋があるってだけでしょ! それじゃ一緒の屋根の下に住んでるみたいじゃない!」
「え? だから住んでるでしょ、同じ屋根の下に」
「ああ、もう! 珠総長を出してよ!」
猫魔はケラケラ笑う。
「〈魔女〉は来ないよ。昨日、おれらと一緒にスコッチウィスキー飲んで二日酔いさ。今頃グロッキーになってるさ」
「うっさい、へぼ探偵!」
「はは。酷い言われようだな」
「笑うとムカつくのよ、猫魔! ムキー」
僕、猫魔、ふぐりは一緒のテーブルに座って食堂で昼ご飯を食べている。
岱宗 夫 れ如何 、
齊魯 靑 未 だ了 らず。
造化 は 神秀 を鐘 め、
陰陽は昏曉 を割 つ。
胸を盪 かせば 曾雲 生じ、
眥 を決すれば 帰鳥 入 る。
會 ず當 に 絶頂を凌 ぎて、
一覽すべし衆山 の小なるを。
……猫魔が、いきなり漢詩をそらんじる。
「え? どういう意味の詩なんだ、猫魔」
意味がわからず、素朴に質問してしまった。
「杜甫の『望嶽』という漢詩さ。意味はこうだ。……泰山とは、そもそもいかなる山か、斉・魯の国にまたがり、山の青さは尽きることがない。天地創造の造物主が、比類無き霊妙を集め、陰陽の二つの気が、朝と夜を割っている。我が胸を動かすように、雲が生じ、目を開けば、ねぐらに帰る鳥が山の彼方に吸い込まれる。いつの日か、必ずこの山の絶頂をきわめ、周囲の山々を一望に見渡し、見おろすことにしたいものだ……っていうね。書き下しはそういう意味の詩だ」
「それがなにか?」
「ここに出てくる泰山ていうのが泰山府君が住むという山の名前さ。太極図を連想させる詩でもあるだろう? 空を見上げて、昼は大空、夜はその天球……いや、〈天宮の星々〉の近く、山頂から下界を眺めるってわけだ」
「陰陽? 太極図? ああ、陰陽道の。破魔矢式猫魔の得意ジャンルだな」
「いや、おれの専門はまた違うんだけどな」
「泰山府君……北極星……か。桜の話を、さっきしてたよな、猫魔は」
そこに、野菜カレーを食べ始めていたふぐりが口を挟む。スプーンをふらふら上下に動かしながら。
「素敵よね。誰かが北極星のカミサマの泰山府君に頼んで、美しい桜の咲く期間を延ばしてもらえたって」
「泰山府君は生死を司るからな。そこからの連想でもあり、まあ、泰山府君の力でエンパワーメントすれば桜も延命する力、手に入るだろうなぁ。正規な手段ではなくても」
「なによ、クズ探偵。言葉を濁すじゃない。さっきの授業だって〈占いの好きな君たち〉とかうちの学校の生徒たちのことを知ったかぶっちゃったように言ってさ。それに、知ってたら知ってたで〈事案〉だしね! ……今も、泰山府君の力を手にした者がいるっていう風に聞こえること言うし、あんた、なにが言いたいわけ?」
ふむ、と顎に手をやる探偵・破魔矢式猫魔。
「ふぐり。もしかして、なんだが、この学校で『こっくりさん』や『エンジェル様』なんていう占いが流行っていないか? …………元は陰陽系の降霊術の一種なんだが」
「なによ。じゃあ、うちの学校の桜が散らないのは泰山府君をその〈占い〉で降霊したからって聞こえるけど?」
「そのまさか、なんじゃないかな、とおれは考えているのだが」
僕は驚く。
「学校の生徒が降霊術で泰山府君の力を借りたからこの学校のまわりだけ桜が満開のまま二ヶ月も経ったって言うのかい!」
「さっきからそう言ってるだろう。バカだなぁ、山茶花は」
学校の食堂に来た。
女子校の食堂、メニューも含めかなり気になってはいたものの、献立はヘルシー路線なのか野菜カレーや山菜うどん、あしぼその味噌汁などがラインナップされてはいるが普通と言えば普通だった。私立だし、ちょっと値が張る食材を使ってちょっち面倒な料理を出す。その点では、僕は「いいね!」と頷き、とろろ蕎麦を注文する。
「だーかーらー! なんで二人揃ってうちのガッコに来ちゃうのかなぁ! 山茶花が父兄ってだけでも不敬なのに、あのクズ探偵・破魔矢式猫魔が特別講師? あり得ないわ! ないわぁー! ないない! おかしいって!」
猫魔はやれやれという調子で応える。
「ふぅ。ふぐり。それは学校側に文句を言うんだな。おれや山茶花に言うのはお門違いだ」
「そうだよ、ふぐり。珠総長の意向なんだから、仕方ないって割り切っておかないと。それに僕はふぐりの保護者と言ってもいいくらいだし、猫魔はその道のプロだ。〈星の話〉、面白かったじゃないか」
「そういう問題じゃないわ! いや、前提がおかしいからね? あんたはあたしの保護者じゃありません!」
「一緒のビルに住んでるじゃないか」
「ああああ! そういうこと言うな。ここは女子校の食堂、誰が聞いてるかわかんないの! デリカシーないわね、ほんとにバカ山茶花! 聞かれたら邪推されるでしょうが! ビルのほとんどがまるごと百瀬探偵結社の事務所で、その事務所の一部屋ずつに、あたしたちの部屋があるってだけでしょ! それじゃ一緒の屋根の下に住んでるみたいじゃない!」
「え? だから住んでるでしょ、同じ屋根の下に」
「ああ、もう! 珠総長を出してよ!」
猫魔はケラケラ笑う。
「〈魔女〉は来ないよ。昨日、おれらと一緒にスコッチウィスキー飲んで二日酔いさ。今頃グロッキーになってるさ」
「うっさい、へぼ探偵!」
「はは。酷い言われようだな」
「笑うとムカつくのよ、猫魔! ムキー」
僕、猫魔、ふぐりは一緒のテーブルに座って食堂で昼ご飯を食べている。
陰陽は
胸を
一覽すべし
……猫魔が、いきなり漢詩をそらんじる。
「え? どういう意味の詩なんだ、猫魔」
意味がわからず、素朴に質問してしまった。
「杜甫の『望嶽』という漢詩さ。意味はこうだ。……泰山とは、そもそもいかなる山か、斉・魯の国にまたがり、山の青さは尽きることがない。天地創造の造物主が、比類無き霊妙を集め、陰陽の二つの気が、朝と夜を割っている。我が胸を動かすように、雲が生じ、目を開けば、ねぐらに帰る鳥が山の彼方に吸い込まれる。いつの日か、必ずこの山の絶頂をきわめ、周囲の山々を一望に見渡し、見おろすことにしたいものだ……っていうね。書き下しはそういう意味の詩だ」
「それがなにか?」
「ここに出てくる泰山ていうのが泰山府君が住むという山の名前さ。太極図を連想させる詩でもあるだろう? 空を見上げて、昼は大空、夜はその天球……いや、〈天宮の星々〉の近く、山頂から下界を眺めるってわけだ」
「陰陽? 太極図? ああ、陰陽道の。破魔矢式猫魔の得意ジャンルだな」
「いや、おれの専門はまた違うんだけどな」
「泰山府君……北極星……か。桜の話を、さっきしてたよな、猫魔は」
そこに、野菜カレーを食べ始めていたふぐりが口を挟む。スプーンをふらふら上下に動かしながら。
「素敵よね。誰かが北極星のカミサマの泰山府君に頼んで、美しい桜の咲く期間を延ばしてもらえたって」
「泰山府君は生死を司るからな。そこからの連想でもあり、まあ、泰山府君の力でエンパワーメントすれば桜も延命する力、手に入るだろうなぁ。正規な手段ではなくても」
「なによ、クズ探偵。言葉を濁すじゃない。さっきの授業だって〈占いの好きな君たち〉とかうちの学校の生徒たちのことを知ったかぶっちゃったように言ってさ。それに、知ってたら知ってたで〈事案〉だしね! ……今も、泰山府君の力を手にした者がいるっていう風に聞こえること言うし、あんた、なにが言いたいわけ?」
ふむ、と顎に手をやる探偵・破魔矢式猫魔。
「ふぐり。もしかして、なんだが、この学校で『こっくりさん』や『エンジェル様』なんていう占いが流行っていないか? …………元は陰陽系の降霊術の一種なんだが」
「なによ。じゃあ、うちの学校の桜が散らないのは泰山府君をその〈占い〉で降霊したからって聞こえるけど?」
「そのまさか、なんじゃないかな、とおれは考えているのだが」
僕は驚く。
「学校の生徒が降霊術で泰山府君の力を借りたからこの学校のまわりだけ桜が満開のまま二ヶ月も経ったって言うのかい!」
「さっきからそう言ってるだろう。バカだなぁ、山茶花は」