庚申御遊の宴【第八話】
文字数 2,192文字
☆
阿加井嶽 。阿加井寺薬師という古刹 が、嶽の山頂にあった。
見晴らしがとてもいい。
遠くに、太平洋の水平線が見える。
阿加井寺薬師というのは、東北の十二薬師霊場の第一番なんだそうだ。
この境内の奥には、〈滝不動〉と呼ばれる滝がある。
「急転直下銀玉砕け水霧散ずるさまは壮観にして真夏といえども冷気を覚ゆ」と、立て看板には書かれていた。
どうも不動明王を祀り水行の場にしている、とのことだ。
そう。
この薬師は密教系の寺院なのである。
いや、僕には説明されてもさっぱりわからないんだけどね。
今はもう七月。海開きシーズン間近の初夏だからさ。
「真夏といえども冷気を覚ゆ」ってのは、気になるよね。
そういうわけで、マイナスイオンが満ちていそうな滝の前で、僕とふぐりはしばし足を止める。
涼しい。
「前から訊きたかったんだけどさ、ふぐりはなんで猫魔にライバル意識燃やしてるの」
滝壺の前に立つ、ゴシックロリータに黒い眼帯の金髪女子高生探偵見習い、というもはやキャラ立ちが激しすぎる美少女に、僕は訊いてみた。
なにか声をかけなければ、見とれてしまうかもしれないから。
性格はともかく、小鳥遊ふぐりが美少女なのは間違いない。
ふぐりは「ふふ~ん」と鼻を鳴らしてから、勝ち誇ったように、
「あたしは天才だからよ」
と、僕に答えた。
「は?」
呆然としてしまった。
今こいつ、自分のこと、さらりと天才とか言ってなかったか。
「天才? 誰が?」
「あ・た・し・が・よ!」
自分の胸にドン、と拳を叩いて。背筋をピンと伸ばして。
「あたしはね。本当は今の段階でもどんな大学にでも入れる実力があるの。でも、そーいうのに興味ないし。服が好きだから服飾デザイナーになるための留学を考えてたとこに、総長に出会った。百瀬珠総長は、みんなが口をそろえて言うように、確かに〈魔女〉だったわ。でも、珠総長の下で働きたいと思っちゃった。学力エリートのプライドとナルシズム競争のなかにいるより、〈探偵〉っていうものに興味がわいた。〈本当の世界〉を、魔女はあたしに見せてくれた。本当の世界は、超能力もあれば超常現象もある。凶悪な犯罪を起こすシリアルキラーも聖者のような人間もいれば、怪異だって存在する。それらを全部取り扱う〈探偵結社〉に入るってことが、百瀬珠総長の下で探偵として働くってこと。それなのに話に乗らないなんてバカなことってある? カルトじみてるのは〈裏の政府〉も同じ。探偵結社の事務所が常陸にあるのは、東京の守護神・平将門の魔方陣から逃れつつ将門の件を調査をするって意味合いがある。そのために、〈裏の政府〉が、常陸に百瀬珠総長を常陸守護として配置した。あのプレコグ能力者の〈魔女〉を」
「結構なことだね」
「破魔矢式猫魔は。あの探偵は。珠総長が拾ってきた〈捨て猫〉なのに違いはない。でも、悔しいのよ。総長が一番信頼を置いているのは、その〈捨て猫〉ごときなんだから。総長のプレコグ能力があの探偵を〈選んだ〉のよ。超能力は、天才のあたしじゃなくて、猫魔を選ぶ。あたしは天才なのよ。だから、珠総長の〈魔女の部分〉があたしを求めて体中疼くように、悶え疼くように、あたしは成長して、猫魔から百瀬珠総長を〈奪う〉の。天才のあたしなら、それができる」
滝の水が打ち付ける音を聞きながら、僕はこの風変わりな女子高生を観る。
とても考えている。将来のことを。でも、ちょっと普通じゃ考えられない方向に。
「ふぐりはバカだなぁ」
僕は笑ってしまう。
「なによー。文句ある?」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、ふぐりは頬を膨らます。
今の自分語りは、確かに恥ずかしいかもしれない。
が、こんなときじゃなきゃ訊けないことでもあったし。
「リハが終わる前に、太鼓の音の方に行ってみようよ。ここの長い階段を降りて村の中心部に行かなきゃいけないけど」
小鳥遊ふぐりは言う。
「この山にはこんな寺があって、住職さんはずっと不在だって言うけど、とりあえず古刹があって、それで海も見える距離にあって、村は一族がみんなで住んでいて。のどかで、でも、疫病が流行っているって。それで、坊さんを呼んで」
「疫病が流行っているっていうけど、それは村の人々の主観が混じっていて、本当はこころの病気のことらしいんだ。情報統制は本当だけどね。感染の恐れはなさそうだから、僕らは村に入れた。依頼人の佐幕沙羅美も、こころの病である可能性も高い。でもさ、今、気づいたけど、ここ〈古刹〉だぜ? 古い由緒のある寺のことを、古刹と呼ぶ。そこの住職ではなく、違うところから偉い坊さんを呼んだ?」
ふぐりの顔が変わる。
気づいたようだ。
「お堂に入ろう、山茶花!」
「キーの解錠なら任せろふぐり!」
僕らはこの阿加井寺薬師のお堂のなかに入る。
入ると、案の定、護摩壇に磔 にされるようにして、寺の住職の惨殺体があった。内臓ははみ出ていて、蛆と蠅がたかっていた。
「山茶花。黙っていよう」
「こりゃもうずいぶん経ってるぞ、殺されてから。村ってクローズドな空間で騒ぐのは得策じゃないな」
僕らは互いに目を合わせて頷き合う。
事件は始まっていた。
見晴らしがとてもいい。
遠くに、太平洋の水平線が見える。
阿加井寺薬師というのは、東北の十二薬師霊場の第一番なんだそうだ。
この境内の奥には、〈滝不動〉と呼ばれる滝がある。
「急転直下銀玉砕け水霧散ずるさまは壮観にして真夏といえども冷気を覚ゆ」と、立て看板には書かれていた。
どうも不動明王を祀り水行の場にしている、とのことだ。
そう。
この薬師は密教系の寺院なのである。
いや、僕には説明されてもさっぱりわからないんだけどね。
今はもう七月。海開きシーズン間近の初夏だからさ。
「真夏といえども冷気を覚ゆ」ってのは、気になるよね。
そういうわけで、マイナスイオンが満ちていそうな滝の前で、僕とふぐりはしばし足を止める。
涼しい。
「前から訊きたかったんだけどさ、ふぐりはなんで猫魔にライバル意識燃やしてるの」
滝壺の前に立つ、ゴシックロリータに黒い眼帯の金髪女子高生探偵見習い、というもはやキャラ立ちが激しすぎる美少女に、僕は訊いてみた。
なにか声をかけなければ、見とれてしまうかもしれないから。
性格はともかく、小鳥遊ふぐりが美少女なのは間違いない。
ふぐりは「ふふ~ん」と鼻を鳴らしてから、勝ち誇ったように、
「あたしは天才だからよ」
と、僕に答えた。
「は?」
呆然としてしまった。
今こいつ、自分のこと、さらりと天才とか言ってなかったか。
「天才? 誰が?」
「あ・た・し・が・よ!」
自分の胸にドン、と拳を叩いて。背筋をピンと伸ばして。
「あたしはね。本当は今の段階でもどんな大学にでも入れる実力があるの。でも、そーいうのに興味ないし。服が好きだから服飾デザイナーになるための留学を考えてたとこに、総長に出会った。百瀬珠総長は、みんなが口をそろえて言うように、確かに〈魔女〉だったわ。でも、珠総長の下で働きたいと思っちゃった。学力エリートのプライドとナルシズム競争のなかにいるより、〈探偵〉っていうものに興味がわいた。〈本当の世界〉を、魔女はあたしに見せてくれた。本当の世界は、超能力もあれば超常現象もある。凶悪な犯罪を起こすシリアルキラーも聖者のような人間もいれば、怪異だって存在する。それらを全部取り扱う〈探偵結社〉に入るってことが、百瀬珠総長の下で探偵として働くってこと。それなのに話に乗らないなんてバカなことってある? カルトじみてるのは〈裏の政府〉も同じ。探偵結社の事務所が常陸にあるのは、東京の守護神・平将門の魔方陣から逃れつつ将門の件を調査をするって意味合いがある。そのために、〈裏の政府〉が、常陸に百瀬珠総長を常陸守護として配置した。あのプレコグ能力者の〈魔女〉を」
「結構なことだね」
「破魔矢式猫魔は。あの探偵は。珠総長が拾ってきた〈捨て猫〉なのに違いはない。でも、悔しいのよ。総長が一番信頼を置いているのは、その〈捨て猫〉ごときなんだから。総長のプレコグ能力があの探偵を〈選んだ〉のよ。超能力は、天才のあたしじゃなくて、猫魔を選ぶ。あたしは天才なのよ。だから、珠総長の〈魔女の部分〉があたしを求めて体中疼くように、悶え疼くように、あたしは成長して、猫魔から百瀬珠総長を〈奪う〉の。天才のあたしなら、それができる」
滝の水が打ち付ける音を聞きながら、僕はこの風変わりな女子高生を観る。
とても考えている。将来のことを。でも、ちょっと普通じゃ考えられない方向に。
「ふぐりはバカだなぁ」
僕は笑ってしまう。
「なによー。文句ある?」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、ふぐりは頬を膨らます。
今の自分語りは、確かに恥ずかしいかもしれない。
が、こんなときじゃなきゃ訊けないことでもあったし。
「リハが終わる前に、太鼓の音の方に行ってみようよ。ここの長い階段を降りて村の中心部に行かなきゃいけないけど」
小鳥遊ふぐりは言う。
「この山にはこんな寺があって、住職さんはずっと不在だって言うけど、とりあえず古刹があって、それで海も見える距離にあって、村は一族がみんなで住んでいて。のどかで、でも、疫病が流行っているって。それで、坊さんを呼んで」
「疫病が流行っているっていうけど、それは村の人々の主観が混じっていて、本当はこころの病気のことらしいんだ。情報統制は本当だけどね。感染の恐れはなさそうだから、僕らは村に入れた。依頼人の佐幕沙羅美も、こころの病である可能性も高い。でもさ、今、気づいたけど、ここ〈古刹〉だぜ? 古い由緒のある寺のことを、古刹と呼ぶ。そこの住職ではなく、違うところから偉い坊さんを呼んだ?」
ふぐりの顔が変わる。
気づいたようだ。
「お堂に入ろう、山茶花!」
「キーの解錠なら任せろふぐり!」
僕らはこの阿加井寺薬師のお堂のなかに入る。
入ると、案の定、護摩壇に
「山茶花。黙っていよう」
「こりゃもうずいぶん経ってるぞ、殺されてから。村ってクローズドな空間で騒ぐのは得策じゃないな」
僕らは互いに目を合わせて頷き合う。
事件は始まっていた。