気韻生動の法術士【第六話】

文字数 1,014文字





 わたし、舞鶴めるとは、女子大生だ。茨城県の常陸市にある常陸十王大学に通っている。
 茨城に生まれ、茨城で暮らしてきた。
 それはほぼ、人生のすべてを茨城で過ごしてきた、ということだ。
 病棟の一件から、一年が経過していた。
 わたしはまだ、茨城にいる。
 わたしには、不思議な能力があって。
 それは、極力使わないようにしている。
 それでも、天狗少女とあだ名をされているけれどもね。

 ある、晴れた日の朝。
 大学への登校中。

「猫魔さん、元気かな……」

 わたしが呟くと、一陣の風が吹いた。
 スカートを押さえ、目を瞑る。
 一秒後、ゆっくり目を開けると。
 わたしの目の前に、小柄で勝ち気そうな女性が腰に手をやり、胸を張ってこっちを見ていた。
 そして、その女性に付き添っている男の姿は、忘れるわけがない。
 破魔矢式猫魔だ。
 ああ、じゃあ、この女性が猫魔さんの〈飼い主〉の、〈魔女〉か……。

「舞鶴めるとじゃの! 我が輩がおぬしに用があることは、もうわかるじゃろ」
 魔女がわたしに開口一番で、そんなことを言う。
 隣で猫魔さんが苦笑している。
「我が輩の『百瀬探偵結社』に、おぬしを受け入れる用意が出来たのじゃ! おぬしは百瀬探偵結社の、〈東京支部〉で働いてもらう。今まで茨城以外に住んだことがない、と聞いておるが。引き受けてくれるじゃろう?」
 下を向いて、少しにやけてから、わたしは顔を上げた。

「もちろん。働きますよ」
 後先考えず、わたしは首肯していた。
 返事をしたわたしは、瞳がキラキラしていたかもしれない。

「ふむ。悪いようにはせんから、ビシバシ我が輩のもとで働くのじゃ!」


 わたしは、声を弾ませる。
「ついに、天狗少女と陰口をたたかれて居場所のなかった大学を辞めて、自分の能力を活かすときが来たのね」
 ニヤリと歯をむき出すようにして、魔女は言う。
「そういうことじゃよ、めると。我が輩が百瀬探偵結社の総長・百瀬珠じゃ。よろしくのぉ」
 わたしは、猫魔さんの方を向く。
「今度、『南画』の描き方、教えてくださいね、破魔矢式猫魔さん」
「お安いご用だよ、舞鶴めるとさん」
 猫魔さんの返事を聞いてから、わたしは総長へ視線を移す。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね、珠総長」
「ふむ。これからの己が仕事に、存分に励むが良い」

「じゃあ、さっそく連れて行ってくださいな」

 わたしの人生の第二章が、ここから始まった。
 天狗少女の人生が。
 これはつまり、そういう物語。





〈了〉
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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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