衆生済土の欠けたる望月【第二十二話】
文字数 1,780文字
☆
「どうしてだ……、西口門?」
涙が溢れる。
お前は。
そう、こいつの名は。
西口門。
こいつは、……こんなことをしたかったのか?
「どうしてだ、西口門! なんで神主さんを殺した? 答えろよッッッ!」
「山茶花。『源平盛衰記』にこんな文章があるのを知ってるか? 『もはや往生は願わない。五部大乗経を三年がかりで血書して得た功力 を地獄・ガキ・畜生の三悪道 に投げ込み、その力で我は日本国の大魔縁 になって遺恨を晴らしてくれよう』ってな」
「なにが言いたいんだよ、わかる言葉でしゃべれよ、西口門ッ!」
「山茶花。学園都市は鬼神が徘徊し、亡者たちが厄災と結びついている。……おれ、破門されちまったよ」
「なにを言ってるんだ?」
「親はどちらとも学園の上層部からの刺客に殺されちまった。で、刺客はおれのところにも来て……おれはそいつを殺した。自分で言うのもあれだけどよ、無残な拷問にかけながら、な。自分だけ助かろう、自分だけ救われて浄土へ行こうって考えがそもそも間違ってたんだ。人殺しのおれは破門されたんだ、クソ! なにが悪人正機だ。法で裁かれちゃわけねーぜ。裏で助けてくれたのは、ここにいる孤島、だったのさ」
「だけど、信念が、全く違うじゃないか。西口門は信念を持って生きてきた。その信念が揺らぐなんて嘘だ!」
「黙れよ、山茶花! そんなの百も承知だ! 浄土門は悪人こそを助けるし、孤島はおれたちを『念仏往生派』と呼んで侮蔑する! だがよぉ! 軍事協定は結んだのさ! 〈玉〉は、いただくぜ!」
「そんな簡単に心変わりしていいものなのか! 西口門! 衆生済土と孤島のいうところの常寂光土 は違うぞ」
「なに知った風な口を聞いてんだ、山茶花。さっきの引用は崇徳天皇の台詞だ。念仏じゃ救われなかったし、功徳を積んでも報われなかった、って話なんだ!」
聴いていた猫魔は、ふぅ、と息を吐いた。
「この世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思えば」
「こんなときになに言ってるんだ、猫魔?」
「藤原道長の辞世の句さ。胸の病に倒れてから、藤原道長は阿弥陀信仰にのめり込んで行ったんだ」
「ああ、もう! みんながなにを言いたいかさっぱりだよ! 特に猫魔! お前はなに短歌なんて詠んでるんだよ!」
猫魔は片目を閉じて、それからケラケラ笑った。
「山茶花。ここにいる西口門くんも、道長と同様に、胸の病なんだ。この学園都市に来る前からね。ずっと胸の病と闘いながらの青春だったのさ。病と闘いながら、西口門くんは親の期待通り、学園都市というこの国が誇る学業の都に入り込んだ。ラッパーは感謝感謝よく言うみたいだけど、彼もまた、親に感謝の気持ちもあったんだろうよ」
「でも、大学受験だけが目的になって無気力になったって言ってたぜ」
「そこで浄土門の僧と出会ったんだろ。自分の命がわずかなのを知ってたから、信仰が欲しかったのさ、西口門は。それで、頑張ったんだ。でも、ね。彼の余命はあと三ヶ月だよ? 両親も学園都市のエージェントに殺されるし、自分は襲ってきたそいつを返り討ちで殺すし、たった今、神主を殺した。救いがあるという心が揺らいだんだろう。疑心が暗鬼という名前の〈鬼〉になってしまったのさ。鬼とは、地獄の獄卒のことを指すね、普通は」
「余命があと三ヶ月……。そうなのか、西口門? 〈鬼〉でも〈獄卒〉でもないよな、西口門?」
西口門は血走った目で僕を見る。
「亡者は往生せず、無念を晴らすために鬼神の眷属となってあの世からこの世に干渉してくる。それが〈怨霊〉である、って昔の人々は考えた。〈全員〉が〈救われる〉なんて、やっぱり〈無理〉なんだよ! 救われる奴と救われない奴が、いるんだよ!」
弥勒思想は千年王国救済思想に似て、救われる奴と救われないう奴を選別する、か。
「おれはここの神主も殺したぞ! 次はお前だ、萩月山茶花!」
西口門は吠えた。
そこに孤島が付け加える。
「どうですか、SS級の、僕の『僧兵』ですよ、彼は。今となっては、ね」
ナイフをぐるぐる回してから柄の部分をキャッチし、構える西口門。
探偵・破魔矢式猫魔は言う。
「酷い星の巡り合わせだよ、ったく。でも、この運命を正当に非難出来る者なんてどこにもいないんだ」
孤島はうつむき加減で、しかし堂々としたバリトンボイスを出す。
「御託はよろしい。さぁ、殺傷を始めましょう」
「どうしてだ……、西口門?」
涙が溢れる。
お前は。
そう、こいつの名は。
西口門。
こいつは、……こんなことをしたかったのか?
「どうしてだ、西口門! なんで神主さんを殺した? 答えろよッッッ!」
「山茶花。『源平盛衰記』にこんな文章があるのを知ってるか? 『もはや往生は願わない。五部大乗経を三年がかりで血書して得た
「なにが言いたいんだよ、わかる言葉でしゃべれよ、西口門ッ!」
「山茶花。学園都市は鬼神が徘徊し、亡者たちが厄災と結びついている。……おれ、破門されちまったよ」
「なにを言ってるんだ?」
「親はどちらとも学園の上層部からの刺客に殺されちまった。で、刺客はおれのところにも来て……おれはそいつを殺した。自分で言うのもあれだけどよ、無残な拷問にかけながら、な。自分だけ助かろう、自分だけ救われて浄土へ行こうって考えがそもそも間違ってたんだ。人殺しのおれは破門されたんだ、クソ! なにが悪人正機だ。法で裁かれちゃわけねーぜ。裏で助けてくれたのは、ここにいる孤島、だったのさ」
「だけど、信念が、全く違うじゃないか。西口門は信念を持って生きてきた。その信念が揺らぐなんて嘘だ!」
「黙れよ、山茶花! そんなの百も承知だ! 浄土門は悪人こそを助けるし、孤島はおれたちを『念仏往生派』と呼んで侮蔑する! だがよぉ! 軍事協定は結んだのさ! 〈玉〉は、いただくぜ!」
「そんな簡単に心変わりしていいものなのか! 西口門! 衆生済土と孤島のいうところの
「なに知った風な口を聞いてんだ、山茶花。さっきの引用は崇徳天皇の台詞だ。念仏じゃ救われなかったし、功徳を積んでも報われなかった、って話なんだ!」
聴いていた猫魔は、ふぅ、と息を吐いた。
「この世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思えば」
「こんなときになに言ってるんだ、猫魔?」
「藤原道長の辞世の句さ。胸の病に倒れてから、藤原道長は阿弥陀信仰にのめり込んで行ったんだ」
「ああ、もう! みんながなにを言いたいかさっぱりだよ! 特に猫魔! お前はなに短歌なんて詠んでるんだよ!」
猫魔は片目を閉じて、それからケラケラ笑った。
「山茶花。ここにいる西口門くんも、道長と同様に、胸の病なんだ。この学園都市に来る前からね。ずっと胸の病と闘いながらの青春だったのさ。病と闘いながら、西口門くんは親の期待通り、学園都市というこの国が誇る学業の都に入り込んだ。ラッパーは感謝感謝よく言うみたいだけど、彼もまた、親に感謝の気持ちもあったんだろうよ」
「でも、大学受験だけが目的になって無気力になったって言ってたぜ」
「そこで浄土門の僧と出会ったんだろ。自分の命がわずかなのを知ってたから、信仰が欲しかったのさ、西口門は。それで、頑張ったんだ。でも、ね。彼の余命はあと三ヶ月だよ? 両親も学園都市のエージェントに殺されるし、自分は襲ってきたそいつを返り討ちで殺すし、たった今、神主を殺した。救いがあるという心が揺らいだんだろう。疑心が暗鬼という名前の〈鬼〉になってしまったのさ。鬼とは、地獄の獄卒のことを指すね、普通は」
「余命があと三ヶ月……。そうなのか、西口門? 〈鬼〉でも〈獄卒〉でもないよな、西口門?」
西口門は血走った目で僕を見る。
「亡者は往生せず、無念を晴らすために鬼神の眷属となってあの世からこの世に干渉してくる。それが〈怨霊〉である、って昔の人々は考えた。〈全員〉が〈救われる〉なんて、やっぱり〈無理〉なんだよ! 救われる奴と救われない奴が、いるんだよ!」
弥勒思想は千年王国救済思想に似て、救われる奴と救われないう奴を選別する、か。
「おれはここの神主も殺したぞ! 次はお前だ、萩月山茶花!」
西口門は吠えた。
そこに孤島が付け加える。
「どうですか、SS級の、僕の『僧兵』ですよ、彼は。今となっては、ね」
ナイフをぐるぐる回してから柄の部分をキャッチし、構える西口門。
探偵・破魔矢式猫魔は言う。
「酷い星の巡り合わせだよ、ったく。でも、この運命を正当に非難出来る者なんてどこにもいないんだ」
孤島はうつむき加減で、しかし堂々としたバリトンボイスを出す。
「御託はよろしい。さぁ、殺傷を始めましょう」