道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第十五話】

文字数 1,306文字





「あたしは元麻布呪術機構ヶ退魔士、夢野壊色……。もう、半ば捨てたと思った名前だが、さ。来てやったよ。魔女んとこの部下の〈天狗少女〉がどうしても、って言うからさ。こんな役回り、あたしゃごめんだね。誰かに早く譲りたいよ、ったく」

 僕が閉じ込められた時空で、暗闇坂寂滅は息をのんで、美弥子さんの一挙手一投足を見ている。
「あの伝説の退魔士、夢野壊色では、こちらも勝ち目がないでありんす」
「ふーん、ビキニのおばちゃんさ、じゃあ、ここどいてくんないか?」
 美弥子さん……夢野壊色の声は〈圧力〉が凝縮している。
 寂滅はその〈圧〉だけで神経を削られているようだった。

「要するに、さ。山茶花少年。少年のこころとからだの〈リンクが切れている〉から、この時空間に封じ込まれたままなのさ。リンク切れを起こしているって寸法さ」
「どういうことですか」
「じゃあ、お姉さんが〈解呪〉してあげよう。なぁに、ロジックを発話したらそれと同時に効果は消えるさ。なぜならこれは〈理論の術式〉だから」
 理論……。そう、猫魔もそう言っていた。
 そこが突破口になる、ということか。
「〈いわゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり〉ってことな。解説しておこう。それが〈解呪〉になる。……時間というのは過去から現在、現在から未来へ、って流れていくものだと普通は考える。だが道元は、時間とは〈現在・現在・現在〉だ、と言っているのさ。〈時空〉、つまり時と空間。時間である〈現在〉と、空間にいる〈存在〉は、対応関係にある、とするんだよな。〈現在1〉には〈自己1〉が、〈現在2〉には〈自己2〉が、〈現在3〉には〈自己3〉が、それぞれ対応する。だが、例えば過去のことで悩むというのは、その対応関係がズレてしまっているということなのさ。それは〈自己1〉と〈現在2〉を対応させようとするようなもの。道元はそれを凡夫の思考法だ、と退けた。そのときそのときのあり方こそすべて。なぜならことごとくすべての存在が〈いま現在〉なのだから、ね。今の山茶花少年はその自己と存在の対応関係がズレて、かみ合わなくなっている。向こうの、現世(うつしよ)にある肉体と存在精神がズレて、かみ合わず、リンクが切れている。いいかい、少年。こういうときは、ね」

 言うと日本刀を片手で構えて。
「タネがわかったなら話は早いのさ。〈解呪〉はすでになされている。あとはパワーでぶった斬って〈山茶花少年のいる現在〉への〈経路〉を、〈道〉を、拓いてやりゃぁ良いのさ。そして、一心に念じて肉体に戻れ、少年! 〈道〉ならあたしが拓いてやるからよ! ハッ!」

 切断。
 この時空ごと、その日本刀は斬った。
 一気に収縮していく時空から飛び出した僕は、肉体に戻ろうと一心に、思念体のまま駆け抜けた。
 僕は僕を見つける。
 僕は現在の僕の中に再び入り込む。

「戻った!」

 僕は叫んだ。
 接続が完了した。
〈みずからの精神の働きに関係ないものは一切実在ではない、という立場〉であった、夢野壊色の力で!
 思念と肉体のリンクが、繋がった!
 疲れて倒れそうだったけど、まだやることは残っている。
 僕はみんなの姿を探す。
 燃えさかる九龍の違法建築の中で。



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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