南方に配されし荼枳尼の法【第九話】
文字数 1,275文字
☆
常陸松岡にある〈本町銀行〉の奥。
指定文化財〈胎蔵界曼荼羅〉の掛け軸があったはずの大金庫の前で、僕らは立ち尽くす。
大金庫の中は空っぽだった。
「情報機器は誤動作してる。半導体、抵抗器、コンデンサなんかが異常発熱してぶっ壊れてる。まるで〈カミナリ〉でも食らったかのようだ」
と、猫魔。
「カミナリ?」
と、僕。
「いや、なんでもない」
猫魔はそう返してから、金庫の中を見る。
先に入っていた警官が、
「こんな物が落ちていました! 野中もやいからの新たな予告状です!」
と、猫魔に名刺大のカードを差し出す。
それを読む猫魔。
「これから本町銀行会長宅に隠されている〈金剛界曼荼羅〉の掛け軸もいただく、……と来たか」
「金剛界の方の曼荼羅が紛失したってのは、やっぱり嘘だったんだ!」
僕が驚いてそう言うと、その場に来ていた銀行の会長が、はははは、とカラ笑いをした。
「ええ。そうです。文化財として国に取られるのが嫌で、代々うちで保存しておったのです」
「会長宅に行くぞ。山茶花! ふぐり!」
「はいよ」
と、僕。
「わかってるわよ、大声出すな、三流探偵!」
いらつくように、ふぐり。
本町銀行の裏手に、会長宅はある。
大きな屋敷だ。
隣にあるので、歩いても行ける距離だ。
僕らは走って移動する。
遅れて銀行の会長もやってくる。
会長は奥座敷の隠し扉を開ける。
木製の古い棚が隠し扉になっていて、それが動く。
その中はきちんと整理されていたが、すっぽりと空隙がある。
その壁の空隙を指さし、
「盗まれた……。盗まれおったわ……」
と、会長は崩れ落ちた。
「おい、探偵ども! どうしてくれるッ! 罰金だ! これは罰金を支払ってもらわねばなるまいて! おい、聞いているのか、似非探偵結社! 〈魔女〉の飼い猫どもがッ」
「予告状の時間通りでもなかったし、時間指定もせずにここからも、〈ウワサ〉でしか存在しないはずの物を奪い去っていった。……手段を選ばなくなったのか、怪盗・野中もやいの奴はッ」
舌打ちする猫魔。
僕は独り言のように言う。
「手段を〈選ばない〉、か。そういえば今日、夜刀神うわばみ姫が〈ダキニ法はひとを選ばない〉って言っていたなぁ。それを思い出しちゃったぜ」
僕の脇腹を小鳥遊ふぐりが突く。
「ちょっとアンタ、黙りなさいよ」
「わ、わかったよ」
それに意外な反応をしたのは、破魔矢式猫魔だった。
「なんだって? 今、なんて言った? 山茶花?」
「ん? いや、ダキニ法はひとを選ばない、って」
「ダキニ。ダキニと言ったな」
「そう。僕はダキニって言った」
「わかったぞ」
「なにが?」
僕は首をかしげる。
「この隠し扉の中の空間。掛け軸はなにか掛けてあったみたいだけど、ちょっと変だな、と思ったんだ。代々保存していた風に思えない。この入り口の仕掛け自体が、年代が新しいんだ。違う場所に隠していたとしても、不都合が多すぎる」
「ん? なにが言いたいんだ、猫魔」
「ダキニはひとを選ばない、のさ」
「どういうことさ」
「この銀行に保存してあるのは真言宗の寺にあったもの、という情報はフェイクだってことさ」
常陸松岡にある〈本町銀行〉の奥。
指定文化財〈胎蔵界曼荼羅〉の掛け軸があったはずの大金庫の前で、僕らは立ち尽くす。
大金庫の中は空っぽだった。
「情報機器は誤動作してる。半導体、抵抗器、コンデンサなんかが異常発熱してぶっ壊れてる。まるで〈カミナリ〉でも食らったかのようだ」
と、猫魔。
「カミナリ?」
と、僕。
「いや、なんでもない」
猫魔はそう返してから、金庫の中を見る。
先に入っていた警官が、
「こんな物が落ちていました! 野中もやいからの新たな予告状です!」
と、猫魔に名刺大のカードを差し出す。
それを読む猫魔。
「これから本町銀行会長宅に隠されている〈金剛界曼荼羅〉の掛け軸もいただく、……と来たか」
「金剛界の方の曼荼羅が紛失したってのは、やっぱり嘘だったんだ!」
僕が驚いてそう言うと、その場に来ていた銀行の会長が、はははは、とカラ笑いをした。
「ええ。そうです。文化財として国に取られるのが嫌で、代々うちで保存しておったのです」
「会長宅に行くぞ。山茶花! ふぐり!」
「はいよ」
と、僕。
「わかってるわよ、大声出すな、三流探偵!」
いらつくように、ふぐり。
本町銀行の裏手に、会長宅はある。
大きな屋敷だ。
隣にあるので、歩いても行ける距離だ。
僕らは走って移動する。
遅れて銀行の会長もやってくる。
会長は奥座敷の隠し扉を開ける。
木製の古い棚が隠し扉になっていて、それが動く。
その中はきちんと整理されていたが、すっぽりと空隙がある。
その壁の空隙を指さし、
「盗まれた……。盗まれおったわ……」
と、会長は崩れ落ちた。
「おい、探偵ども! どうしてくれるッ! 罰金だ! これは罰金を支払ってもらわねばなるまいて! おい、聞いているのか、似非探偵結社! 〈魔女〉の飼い猫どもがッ」
「予告状の時間通りでもなかったし、時間指定もせずにここからも、〈ウワサ〉でしか存在しないはずの物を奪い去っていった。……手段を選ばなくなったのか、怪盗・野中もやいの奴はッ」
舌打ちする猫魔。
僕は独り言のように言う。
「手段を〈選ばない〉、か。そういえば今日、夜刀神うわばみ姫が〈ダキニ法はひとを選ばない〉って言っていたなぁ。それを思い出しちゃったぜ」
僕の脇腹を小鳥遊ふぐりが突く。
「ちょっとアンタ、黙りなさいよ」
「わ、わかったよ」
それに意外な反応をしたのは、破魔矢式猫魔だった。
「なんだって? 今、なんて言った? 山茶花?」
「ん? いや、ダキニ法はひとを選ばない、って」
「ダキニ。ダキニと言ったな」
「そう。僕はダキニって言った」
「わかったぞ」
「なにが?」
僕は首をかしげる。
「この隠し扉の中の空間。掛け軸はなにか掛けてあったみたいだけど、ちょっと変だな、と思ったんだ。代々保存していた風に思えない。この入り口の仕掛け自体が、年代が新しいんだ。違う場所に隠していたとしても、不都合が多すぎる」
「ん? なにが言いたいんだ、猫魔」
「ダキニはひとを選ばない、のさ」
「どういうことさ」
「この銀行に保存してあるのは真言宗の寺にあったもの、という情報はフェイクだってことさ」