手折れ、六道に至りしその徒花を【第一話】
文字数 1,508文字
文章が嫌いだ。
わたしが断言したこと、
私が共鳴した信念、
すべてが笑うべきものであり、死んだようだ。
わたしは沈黙にほかならず、世界は沈黙である。
【ジョルジュ・バタイユ『無神学大全』】より
☆
東京都港区。
その僧にしてテロリストの頭の葬儀は、しめやかに行われた。
会場ではその僧に影響を受けた若者たちが黒いダブルスーツに身を包みながら二列に並び、
「お疲れ様でした」
と遺影に声をかけながら焼香していく。
その葬儀の、会場入り口の外の喫煙所で、僕、萩月山茶花 は、セブンスターを吸って、こちらに向かってくる男の姿を見ていた。
男が灰皿の向こう側に立ち、僕と向かい合うかたちになる。
「やぁ、山茶花さん。この葬儀、花輪が飾られていないでしょう?」
男が言う。肩には雨粒がついている。今は冬だ。冬の雨は、今日、葬儀であるテロリストでもあった僧の眼差しのように、冷たい。
そう、冷たい目をした男だった。
目の前の男は続ける。
「故人の意思を尊重して花輪は辞退、質素に行うことに決まったのですよ」
「ふぅん」
僕は視線を横に逸らし、紫煙を吐く。
「徒花。狂い咲くときも使うけど、咲いても実を結ばない花を、そう呼ぶのですよ、山茶花さん?」
僕はその言い回しに、イラッとする。
「徒花? なにが言いたい?」
声を荒げてしまう僕。
向かい側に立つ男は灰皿からこちら側に回り、煙草を持ったその手首を掴み、それから体重を掛けて僕を押した。
僕の背中がコンクリートの壁に叩きつけられる。
男に押さえつけられて、身動きが取れない。
僕は振りほどこうとするが、男の力は強い。
振りほどくことが出来ず、コンクリートに身体を固定させられたままだ。
手首も強い力で壁に押しつけられ、手が緩んだ僕は煙草を地面に落とす。
ジュッと音がした。
水をよく含んだアスファルトの地面が、僕のセブンスターの火を消したのだ。
にらむ僕ににらみ返すその男の顔は、しかし余裕に満ちている。
「〈一人一殺〉……。僕らはまだ負けませんよ? 萩月山茶花さん。井上先生はあなたを許してらしたようでしたが」
そこで言葉を句切り、身動きが取れない僕のくちびるを強引に奪う。
ぬめる舌が、僕の口腔内を侵犯する。
執拗な責めに、目をそらす僕は、手首を捕まれていない方の手で、この男を引き剥がす。
男は後方に一歩、下がった。
「つれないですねぇ」
ごほごほ、と咳をする僕。
「当たり前だ」
男はネクタイの乱れを直してから、
「僕はあなたを許さない。あなたの〈思想〉、または…………〈主義〉を、ね」
と、鼻で笑った。
「僕に思想なんてないぞ、孤島 」
僕は男の名を呼ぶ。
「やっと名前、呼んでくれましたね。光栄ですよ、山茶花さん。僕の名は孤島。これからも忘れないでくださいね。それでは、僕は焼き場へ行きますので。ふぅ。僕は井上先生の最後を看取らないとならないので、ね」
「まだ死んでないような口ぶりじゃないか」
「遺灰になったのち、井上先生の思想は僕らが受け継ぐことになるのです。井上先生とその意志は、これからもずっと我らのそばに」
「まだ……続ける気なのか、こんなこと」
「山茶花さん。あなたが在籍する〈百瀬探偵結社〉が、僕らとぶつからないことを願うのみです……ああ、探偵さんにもよろしく」
「探偵さん?」
「なにをすっとぼけているのですか、山茶花さん。破魔矢式猫魔 さんのことですよ」
男、孤島はくすくす笑いながら唇をハンカチで拭い、それから会場の自動ドアの中へと消えていく。
「井上…………。一殺多生の〈主義〉……か」
僕は孤島の後ろ姿を見ながら、今は亡きテロリストについて、かすれる声で呟いていた。
わたしが断言したこと、
私が共鳴した信念、
すべてが笑うべきものであり、死んだようだ。
わたしは沈黙にほかならず、世界は沈黙である。
【ジョルジュ・バタイユ『無神学大全』】より
☆
東京都港区。
その僧にしてテロリストの頭の葬儀は、しめやかに行われた。
会場ではその僧に影響を受けた若者たちが黒いダブルスーツに身を包みながら二列に並び、
「お疲れ様でした」
と遺影に声をかけながら焼香していく。
その葬儀の、会場入り口の外の喫煙所で、僕、
男が灰皿の向こう側に立ち、僕と向かい合うかたちになる。
「やぁ、山茶花さん。この葬儀、花輪が飾られていないでしょう?」
男が言う。肩には雨粒がついている。今は冬だ。冬の雨は、今日、葬儀であるテロリストでもあった僧の眼差しのように、冷たい。
そう、冷たい目をした男だった。
目の前の男は続ける。
「故人の意思を尊重して花輪は辞退、質素に行うことに決まったのですよ」
「ふぅん」
僕は視線を横に逸らし、紫煙を吐く。
「徒花。狂い咲くときも使うけど、咲いても実を結ばない花を、そう呼ぶのですよ、山茶花さん?」
僕はその言い回しに、イラッとする。
「徒花? なにが言いたい?」
声を荒げてしまう僕。
向かい側に立つ男は灰皿からこちら側に回り、煙草を持ったその手首を掴み、それから体重を掛けて僕を押した。
僕の背中がコンクリートの壁に叩きつけられる。
男に押さえつけられて、身動きが取れない。
僕は振りほどこうとするが、男の力は強い。
振りほどくことが出来ず、コンクリートに身体を固定させられたままだ。
手首も強い力で壁に押しつけられ、手が緩んだ僕は煙草を地面に落とす。
ジュッと音がした。
水をよく含んだアスファルトの地面が、僕のセブンスターの火を消したのだ。
にらむ僕ににらみ返すその男の顔は、しかし余裕に満ちている。
「〈一人一殺〉……。僕らはまだ負けませんよ? 萩月山茶花さん。井上先生はあなたを許してらしたようでしたが」
そこで言葉を句切り、身動きが取れない僕のくちびるを強引に奪う。
ぬめる舌が、僕の口腔内を侵犯する。
執拗な責めに、目をそらす僕は、手首を捕まれていない方の手で、この男を引き剥がす。
男は後方に一歩、下がった。
「つれないですねぇ」
ごほごほ、と咳をする僕。
「当たり前だ」
男はネクタイの乱れを直してから、
「僕はあなたを許さない。あなたの〈思想〉、または…………〈主義〉を、ね」
と、鼻で笑った。
「僕に思想なんてないぞ、
僕は男の名を呼ぶ。
「やっと名前、呼んでくれましたね。光栄ですよ、山茶花さん。僕の名は孤島。これからも忘れないでくださいね。それでは、僕は焼き場へ行きますので。ふぅ。僕は井上先生の最後を看取らないとならないので、ね」
「まだ死んでないような口ぶりじゃないか」
「遺灰になったのち、井上先生の思想は僕らが受け継ぐことになるのです。井上先生とその意志は、これからもずっと我らのそばに」
「まだ……続ける気なのか、こんなこと」
「山茶花さん。あなたが在籍する〈百瀬探偵結社〉が、僕らとぶつからないことを願うのみです……ああ、探偵さんにもよろしく」
「探偵さん?」
「なにをすっとぼけているのですか、山茶花さん。
男、孤島はくすくす笑いながら唇をハンカチで拭い、それから会場の自動ドアの中へと消えていく。
「井上…………。一殺多生の〈主義〉……か」
僕は孤島の後ろ姿を見ながら、今は亡きテロリストについて、かすれる声で呟いていた。