気韻生動の法術士【第一話】
文字数 2,285文字
わたし、舞鶴めるとは、女子大生だ。茨城県の常陸市にある常陸十王大学に通っている。
茨城に生まれ、茨城で暮らしてきた。
常陸十王大学は茨城県の常陸市にある公立大学で、わたしはほぼ人生のすべてを茨城で過ごしてきた、ということになる。
わたしは正真正銘、茨城の〈イモ娘〉だ。
茨城では、ダサいことを「イモ」と呼ぶ。その意味で、わたしはイモい。
しかし、うちの大学に通う者たちからは、わたしはイモではなく、〈天狗少女〉と呼ばれているのであった。まあ、イモな上で天狗だ、ということなんだけども。
わたしは、高校三年生の頃、〈おのぼりさん〉になって東京に行ったときに、上野駅の上野公園口から徒歩3分のところにある医薬祖神である五條天神社にお参りに寄った。
メインの用事を済ませてから、だ。そのときは、ついでのつもりだった。
病弱だったわたしは、五條天神社で、形代 を神前にお供えして、無病健康の祈願をしたのだ、受験勉強に向けて。
病弱じゃ受験を乗り切れない、と考えて。
ついでだから寄っておこうかなぁ、という軽い気持ちで。
しかし、いずれ天狗と呼ばれるようになる、わたしの〈天狗少女〉人生はここから始まるのである。
五條天神社で。
わたしは、形代に息を三回、吹きかけた。
形代とは人形 ……つまり〈にんぎょう〉のことで、身を撫で息を吹きかけるのは、心の穢 を追い出してしまう事を意味し、自分の穢を人形に移し、人形をわが身の代わりにして清めてもらうことを意味するらしい。
一ヶ月に一回開かれている病気平癒のための祈祷らしいのだけれども、評判が良い。
寄らなくちゃ、と、なんとなくわたしは用事の帰り、山手線を上野駅で降りると、五条天神社に向かい、社務所で相談をして、この祈祷に参加出来るようにしてもらった。
ちなみに形代は撫物 とも呼ぶ。紙を人の形に切り抜いたもののことなのだ。
だから、普通に想像する「お人形」とは、異なる。
五條天神社での病気平癒のための祈祷の帰り道、問題が生じた。
上野公園が。
迷宮に様変わりしていたのだ。
わたしの目の前に広がるのは、うっそうと生い茂った森で、あきらかにそこは上野公園ではなかった。
「迷宮……。ここは森のダンジョンだ……ッ! どうしてこんなことに?」
ダンジョンロールプレイングゲームが好きなわたしだが、これにはちょっと辟易した。
世の中はたまにおかしなことも起こるから、公園が森林に変わったって、焦るけど、抜け出せれば「なかったことにして」日常に戻ることが出来る。
わたしは考えた。目の前に広がる公園の森林化という超常現象も、やりすごせば問題ない。脱出することのみを考え、歩くことにした。
さっきの五条天神社も、同じく上野公園内にある天台のお寺も、なくなっていた。
わたしは、あきらめずに歩く、歩く、歩く。
と、前方から歩いてくる、大きな〈桐箱〉を担いだ、江戸かどっかの時代の薬売りスタイルのおじいさんを発見する。
おじいさんとエンカウントしたわたしは、
「あのー、道に迷ってるんですけどー」
と、桐箱のおじいさんに声をかける。
「道に迷うのは、人間誰しも同じ……」
「いや、人生相談とか、そういう意味じゃなくてね?」
おじいさん、ぼけているのか?
「ふむ。わたしについてきなさい」
なーにが、ついてきなさい、だ。
ためらうわたし。
高校三年生の女子が一人で、怪しさ抜群のじいさんについていく?
わたしは爺専ではない。
加齢臭も嫌いだ。
なにをされるか、わかったものじゃない。
だが、この森林を抜け出せないと日常に戻れない。
なので、決断をした。
「わかったわ。でも、わたしにナンパするのはなし、でどうかしら?」
「いや、困ってるのあんたさんじゃろが。なのに注文をつけてくるとはのぉ。……良い良い。ついてきなさい」
老人と歩くこと数分。
あきらかにわたしとおじいさんはテレポーテーションしていた。
今までと植物の種類が変わっている、どこかの山道に出た。
ここは、深い深い山の中だ。感覚的にわかる。
鳥や虫の鳴き声があたりを埋め尽くしている。
蒸し暑い。植物の匂いに、むせそうになる。
「ここが常陸国 の南台山 じゃ!」
おじいさんは親指を立て、サムズアップのジェスチャーをして、キメ顔でそう言った。
「えー。わたし、常陸から来たんですけどぉ。こんな場所知らないし、東京からこんなすぐに常陸につくわけないじゃん。その南台山って、なに?」
「仙境 じゃ!」
「仙境?」
「仙人が住む世界へようこそ。ちょうどお嬢ちゃんも仙人になる資格である〈仙人骨〉の持ち主じゃからな。自分の〈骨格〉に感謝せよ!」
「ダメだ、こりゃ…………」
桐箱担いだじいさんは、ひとの話をまるで聞く気がなく、話から察するにわたしを仙人にしたいらしい、というのがかろうじてわかる。
こいつがそれを装った変質者でなければ、の話だが。
そして。
……結果から言うとおじいさんは変質者ではなかった。
仙人だった。
法術っていうのを、たくさん見せてもらい、疑いようがない風にも思えた。
だが、問題として。
わたしはこの日から半ば強引に、仙境である常陸国の南台山で、仙術の修行をするはめに陥ったのだ。
そこから〈天狗少女〉が生まれるまで、そう時間はかからなかった。
茨城に生まれ、茨城で暮らしてきた。
常陸十王大学は茨城県の常陸市にある公立大学で、わたしはほぼ人生のすべてを茨城で過ごしてきた、ということになる。
わたしは正真正銘、茨城の〈イモ娘〉だ。
茨城では、ダサいことを「イモ」と呼ぶ。その意味で、わたしはイモい。
しかし、うちの大学に通う者たちからは、わたしはイモではなく、〈天狗少女〉と呼ばれているのであった。まあ、イモな上で天狗だ、ということなんだけども。
わたしは、高校三年生の頃、〈おのぼりさん〉になって東京に行ったときに、上野駅の上野公園口から徒歩3分のところにある医薬祖神である五條天神社にお参りに寄った。
メインの用事を済ませてから、だ。そのときは、ついでのつもりだった。
病弱だったわたしは、五條天神社で、
病弱じゃ受験を乗り切れない、と考えて。
ついでだから寄っておこうかなぁ、という軽い気持ちで。
しかし、いずれ天狗と呼ばれるようになる、わたしの〈天狗少女〉人生はここから始まるのである。
五條天神社で。
わたしは、形代に息を三回、吹きかけた。
形代とは
一ヶ月に一回開かれている病気平癒のための祈祷らしいのだけれども、評判が良い。
寄らなくちゃ、と、なんとなくわたしは用事の帰り、山手線を上野駅で降りると、五条天神社に向かい、社務所で相談をして、この祈祷に参加出来るようにしてもらった。
ちなみに形代は
だから、普通に想像する「お人形」とは、異なる。
五條天神社での病気平癒のための祈祷の帰り道、問題が生じた。
上野公園が。
迷宮に様変わりしていたのだ。
わたしの目の前に広がるのは、うっそうと生い茂った森で、あきらかにそこは上野公園ではなかった。
「迷宮……。ここは森のダンジョンだ……ッ! どうしてこんなことに?」
ダンジョンロールプレイングゲームが好きなわたしだが、これにはちょっと辟易した。
世の中はたまにおかしなことも起こるから、公園が森林に変わったって、焦るけど、抜け出せれば「なかったことにして」日常に戻ることが出来る。
わたしは考えた。目の前に広がる公園の森林化という超常現象も、やりすごせば問題ない。脱出することのみを考え、歩くことにした。
さっきの五条天神社も、同じく上野公園内にある天台のお寺も、なくなっていた。
わたしは、あきらめずに歩く、歩く、歩く。
と、前方から歩いてくる、大きな〈桐箱〉を担いだ、江戸かどっかの時代の薬売りスタイルのおじいさんを発見する。
おじいさんとエンカウントしたわたしは、
「あのー、道に迷ってるんですけどー」
と、桐箱のおじいさんに声をかける。
「道に迷うのは、人間誰しも同じ……」
「いや、人生相談とか、そういう意味じゃなくてね?」
おじいさん、ぼけているのか?
「ふむ。わたしについてきなさい」
なーにが、ついてきなさい、だ。
ためらうわたし。
高校三年生の女子が一人で、怪しさ抜群のじいさんについていく?
わたしは爺専ではない。
加齢臭も嫌いだ。
なにをされるか、わかったものじゃない。
だが、この森林を抜け出せないと日常に戻れない。
なので、決断をした。
「わかったわ。でも、わたしにナンパするのはなし、でどうかしら?」
「いや、困ってるのあんたさんじゃろが。なのに注文をつけてくるとはのぉ。……良い良い。ついてきなさい」
老人と歩くこと数分。
あきらかにわたしとおじいさんはテレポーテーションしていた。
今までと植物の種類が変わっている、どこかの山道に出た。
ここは、深い深い山の中だ。感覚的にわかる。
鳥や虫の鳴き声があたりを埋め尽くしている。
蒸し暑い。植物の匂いに、むせそうになる。
「ここが
おじいさんは親指を立て、サムズアップのジェスチャーをして、キメ顔でそう言った。
「えー。わたし、常陸から来たんですけどぉ。こんな場所知らないし、東京からこんなすぐに常陸につくわけないじゃん。その南台山って、なに?」
「
「仙境?」
「仙人が住む世界へようこそ。ちょうどお嬢ちゃんも仙人になる資格である〈仙人骨〉の持ち主じゃからな。自分の〈骨格〉に感謝せよ!」
「ダメだ、こりゃ…………」
桐箱担いだじいさんは、ひとの話をまるで聞く気がなく、話から察するにわたしを仙人にしたいらしい、というのがかろうじてわかる。
こいつがそれを装った変質者でなければ、の話だが。
そして。
……結果から言うとおじいさんは変質者ではなかった。
仙人だった。
法術っていうのを、たくさん見せてもらい、疑いようがない風にも思えた。
だが、問題として。
わたしはこの日から半ば強引に、仙境である常陸国の南台山で、仙術の修行をするはめに陥ったのだ。
そこから〈天狗少女〉が生まれるまで、そう時間はかからなかった。