衆生済土の欠けたる望月【第七話】
文字数 2,046文字
☆
「目を覚ませ、か。……でも、そんなこと言ったってさ…………心地良いんだ、今の暮らしが、さ」
僕がもじもじと鼻をかきながら声を漏らすと、ふぐりは、ため息をつく。
ふぐりは月明かりとライブハウスのネオンに照らされながら、キラキラ輝いている。
美少女であるふぐりに夜空とネオンが反射して、見えるその姿は、まるで漫画の世界から飛び出てきたヒロインのようだ。
だが、そんなこと言ってられなさそうだった。
ふぐりは、本気だ。
緊張感を持って、ふぐりは僕に問う。
「山茶花。〈新宗教〉や〈カルト〉に顕著な、信者以外は滅びるので今すぐ入信しろって言うような突飛なタイプの〈千年王国〉の考え方は、キリスト教と仏教の弥勒思想、それに古神道にはつきものよね。逆に、例えばマックスウェーバーの本だと、人間ごときには神が考えることはわからないのでそれまでの歴史の蓄積から、だいたいこうなんじゃないかな、という推測を立てての行動となる、っていう前提から議論が始まっているわね。創造主たる神の考えがわかるのは神のみで、本当に信心深くないといけないかすら、それは神のみぞ知ることで、人間のコントロールの範疇を超えているって話だったわね」
僕は頷いた。
「そうだね」
ふぐりは腰に手を当て、威圧的な態度で僕に説明する。
「千年王国思想に関しては得てして次のことが言えるわね。
1. それは信徒が享受するもので、
2. 現世に降臨し、
3. 近々現れ、
4. 完璧な世界であり、
5. 建設は超自然の者による
……という共通した世界観を持っているの。
その上で、
a. この世は悪に染まっており、
b. 全面的に改変する必要があり、
c. それは人間の力では不可能で、神のような者によらねばならず、
d. 終末は確実に、そろそろやってきて、
e. 来るべきミレニアムでは、信徒以外は全員居場所を失う、
f. そのため、信徒を増やすべく宣伝しなければならない。
……という〈症状〉を伴う、とされる」
「それが、なにか?」
「あんた、あのへぼ探偵の破魔矢式猫魔 と一緒に、皇国史観の過激派のブラックリストに載ってるの、忘れてない?」
「ん? なんのことだい?」
「この阿呆!孤島 のことよ! 〈一人一殺〉の、ね。あのグループとどう繋がっているかはわからないけど、神道系の新宗教の大きな流れに、〈出口〉の一派がいるじゃない。一派というには、あまりに〈おおもと〉な。古事記をグランドセオリーに解釈して、聖書をその体系に取り込もうとした一派。ほかにも続々と団体名が浮かんでくるけど、終末思想には、信徒のみが救われるタイプの千年王国的発想がつきものだわ。国家主義的神道説と千年王国救済思想が結びついて発展した新宗教には、〈信徒以外全員の居場所を失わせる〉工作をしたい連中もわんさかいるってことよ。別に、今挙げた団体が、ってことじゃないけど。弥勒思想もまた然り」
「うーん? つまり、戦争をはじめるってことかい?」
「そ・の・と・お・り・よ! 救済という名の、選民思想が大好きな連中が蠢いてるのよ、今、ここ、学園都市で」
「まだちょっとわからない。話が見えないよ」
と、そこに、よく響く男の声がする。
よく知ってる声だ。
「どうもふぐりは説明ベタで仕方がないな。話がこれじゃ進まない」
「あ。猫魔!」
声の主は探偵・破魔矢式猫魔だった。
「うっさいわね、へぼ探偵!」
べーっと舌を出して猫魔を威嚇するふぐり。
それにも介さず猫魔は言う。
「さて。じゃあ、この土地と八坂神社の縁起の話から始めようか」
「え? なに? 土地の歴史を遡るなんて。そんなに事態は複雑なわけ?」
人差し指を自分の眉間にあて、ふぐりはまたため息をつく。
「あんたねぇ。学園都市と言えば県内一の交通事故量を誇る場所で、そして今、全国で謎の疫病が流行りつつあるの、知らないとは言わせないわよ。地震も多いし」
「それが、この件と、関係が?」
「連合国全部に接収された、軍隊の負の遺産の研究の一部として、学園都市から海外に研究者たちが流出して。それで、帰ってきてる連中もいるって話よ! そいつらが、試験的に牛頭天王の疫病神としての機能を自身らの生物兵器的呪術の依り代にしているの。交通事故の多さは、ここ学園都市に瘴気の〈地場〉が生まれているからよ」
「なに? 国家レベルどころじゃないだろ、それ!」
「ここは日本が誇る『学園都市』よ! 科学の最先端なの! ミュージックにうつつを抜かして忘れてない? 山茶花、あんたほんとにあたま大丈夫?」
僕までため息をついてしまう。
「末法と来りゃぁ、孤島の奴も動く、か。猫魔。どうなってるんだい」
ケラケラ笑う猫魔。
「そうげんなりするこたないぜ、山茶花。なぜならさ、運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいないからさ。〈正義〉の在処なんて、探したって無駄なことだ」
「運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいない……か」
「マボロシの大学生活をエンジョイしてるところ悪いが、事情の説明といこうか」
「目を覚ませ、か。……でも、そんなこと言ったってさ…………心地良いんだ、今の暮らしが、さ」
僕がもじもじと鼻をかきながら声を漏らすと、ふぐりは、ため息をつく。
ふぐりは月明かりとライブハウスのネオンに照らされながら、キラキラ輝いている。
美少女であるふぐりに夜空とネオンが反射して、見えるその姿は、まるで漫画の世界から飛び出てきたヒロインのようだ。
だが、そんなこと言ってられなさそうだった。
ふぐりは、本気だ。
緊張感を持って、ふぐりは僕に問う。
「山茶花。〈新宗教〉や〈カルト〉に顕著な、信者以外は滅びるので今すぐ入信しろって言うような突飛なタイプの〈千年王国〉の考え方は、キリスト教と仏教の弥勒思想、それに古神道にはつきものよね。逆に、例えばマックスウェーバーの本だと、人間ごときには神が考えることはわからないのでそれまでの歴史の蓄積から、だいたいこうなんじゃないかな、という推測を立てての行動となる、っていう前提から議論が始まっているわね。創造主たる神の考えがわかるのは神のみで、本当に信心深くないといけないかすら、それは神のみぞ知ることで、人間のコントロールの範疇を超えているって話だったわね」
僕は頷いた。
「そうだね」
ふぐりは腰に手を当て、威圧的な態度で僕に説明する。
「千年王国思想に関しては得てして次のことが言えるわね。
1. それは信徒が享受するもので、
2. 現世に降臨し、
3. 近々現れ、
4. 完璧な世界であり、
5. 建設は超自然の者による
……という共通した世界観を持っているの。
その上で、
a. この世は悪に染まっており、
b. 全面的に改変する必要があり、
c. それは人間の力では不可能で、神のような者によらねばならず、
d. 終末は確実に、そろそろやってきて、
e. 来るべきミレニアムでは、信徒以外は全員居場所を失う、
f. そのため、信徒を増やすべく宣伝しなければならない。
……という〈症状〉を伴う、とされる」
「それが、なにか?」
「あんた、あのへぼ探偵の
「ん? なんのことだい?」
「この阿呆!
「うーん? つまり、戦争をはじめるってことかい?」
「そ・の・と・お・り・よ! 救済という名の、選民思想が大好きな連中が蠢いてるのよ、今、ここ、学園都市で」
「まだちょっとわからない。話が見えないよ」
と、そこに、よく響く男の声がする。
よく知ってる声だ。
「どうもふぐりは説明ベタで仕方がないな。話がこれじゃ進まない」
「あ。猫魔!」
声の主は探偵・破魔矢式猫魔だった。
「うっさいわね、へぼ探偵!」
べーっと舌を出して猫魔を威嚇するふぐり。
それにも介さず猫魔は言う。
「さて。じゃあ、この土地と八坂神社の縁起の話から始めようか」
「え? なに? 土地の歴史を遡るなんて。そんなに事態は複雑なわけ?」
人差し指を自分の眉間にあて、ふぐりはまたため息をつく。
「あんたねぇ。学園都市と言えば県内一の交通事故量を誇る場所で、そして今、全国で謎の疫病が流行りつつあるの、知らないとは言わせないわよ。地震も多いし」
「それが、この件と、関係が?」
「連合国全部に接収された、軍隊の負の遺産の研究の一部として、学園都市から海外に研究者たちが流出して。それで、帰ってきてる連中もいるって話よ! そいつらが、試験的に牛頭天王の疫病神としての機能を自身らの生物兵器的呪術の依り代にしているの。交通事故の多さは、ここ学園都市に瘴気の〈地場〉が生まれているからよ」
「なに? 国家レベルどころじゃないだろ、それ!」
「ここは日本が誇る『学園都市』よ! 科学の最先端なの! ミュージックにうつつを抜かして忘れてない? 山茶花、あんたほんとにあたま大丈夫?」
僕までため息をついてしまう。
「末法と来りゃぁ、孤島の奴も動く、か。猫魔。どうなってるんだい」
ケラケラ笑う猫魔。
「そうげんなりするこたないぜ、山茶花。なぜならさ、運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいないからさ。〈正義〉の在処なんて、探したって無駄なことだ」
「運命って奴を正当に非難出来る者なんてどこにもいない……か」
「マボロシの大学生活をエンジョイしてるところ悪いが、事情の説明といこうか」