衆生済土の欠けたる望月【第十七話】
文字数 1,427文字
☆
ふぐりとくるるちゃんのアパートを出て、僕は外をとぼとぼ歩く。
二人がDJアイドルユニットを組んでいたのには驚きだし、ちゃっかり〈百合営業〉をベースに活動している抜け目のなさにも感服だ。
本人たちは、相変わらずなところはあるが。
それにしても。
祇園御霊会の祇園祭。
これを成功させ、ご神体を守らないと国が滅ぶのでそれを防ぐのが今回のミッションだ、というのに僕はそれを知らなかった。
いきなり学園都市に送り込まれただけで、僕はことの重大さをわかっていなかった。
あの探偵は……破魔矢式猫魔は今、なにをしているのだろうか。
今回は総長も出動して、東京支部に在籍する舞鶴めるとと一緒に海外のエージェントやテロリストと戦っているみたいだし、人手が足りてなくて、猫魔は駆り出されているのかもしれない。
今回は、あいつを頼る気持ちは封じ込めよう。
これは、僕の事件だ。
僕が解決しなくちゃならない。
綺麗に碁盤の目になっている学園都市の区画を歩く。
整理されすぎていて、どこを歩いているのか、気をつけないとわからなくなりそうだ。
ぼんやり光る自動販売機で、コーラを買う。
立ち止まり、プルタブを開けて、炭酸の黒い液体を飲む。
笑う月が、僕を見ている。
「よぉ、山茶花。お帰り」
手を振ってこっちに寄ってくるのは西口門だった。
「西口門、なんでこんなところに?」
「ああ? ほれ、そこ」
指さすそこはファミレスだ。
「ファミレス? 誰かと会っていたのか?」
「違うぜ。微妙に、な。ライブ後、反省会できなかっただろ。だからその埋め合わせをしてたんだ」
「ふぅん……」
「山茶花は、源信の書いた『往生要集』は知っているか」
「知ってるもなにも、高校の国語の資料集にもその名が載ってる古典だろ。一応、知ってはいるさ。文学青年を気取ることはないけどね」
「おれは浄土門の、在俗の民なんだが、そもそも極楽や地獄って考え方は、浄土門の僧たちが広めるまでは日本ではマイナーだったんだ、存在自体が」
「へぇ。宗教といえば天国地獄って考えるけどな。そうじゃなかったのか」
「日本人の浄土観・地獄観を確立した書物が、源信の書いた『往生要集』だ」
「内容的には、どんなだったかまでは、僕は知らなかったけど、なるほどタイトルに〈往生〉ってあるもんなぁ」
「阿弥陀仏の相好 を観察する観想念仏の諸相と、口で称する称名念仏 の本義を説いたのが、『往生要集』の中身だ」
「ふぅん。初めて聞いたよ」
「勉強不足だな。文学青年が泣くぞ」
「そうだなぁ」
「言わずと知れた法然 という僧は、その『往生要集』に出てくる浄土教の大成者、善導 という唐時代の僧の記述に心を奪われた」
「善導、か。知らないなぁ。僕は自分の勉強不足を恥じるよ」
「ははは! そりゃぁ傑作だ。実はその善導という僧は、自らを罪深い愚衆 と断じ、懺悔の思考を生涯、持ち続けたんだ。浄土教の大成者でありつつも、自分を愚かだと思ったんだもんな、こちとらやってられねぇよ。善導が勉強不足の愚か者なら、おれたちはどうなっちまうんだ、って話だぜ。まあ、愚かってのは勉強とイコールではないんだけどな」
「ん? どういうことだい」
「懺悔の意識。善導はキリスト教の〈原罪概念〉に似た思考を持ち続けたことで知られている」
「ああ、今回の話はやっぱりそこに通じるのか…………」
「今回の話?」
「いや、こっちの話だ。続けてくれ」
〈原罪〉ときたか。
すべては繋がっているのかもしれない。
西口門は、話を続ける。
ふぐりとくるるちゃんのアパートを出て、僕は外をとぼとぼ歩く。
二人がDJアイドルユニットを組んでいたのには驚きだし、ちゃっかり〈百合営業〉をベースに活動している抜け目のなさにも感服だ。
本人たちは、相変わらずなところはあるが。
それにしても。
祇園御霊会の祇園祭。
これを成功させ、ご神体を守らないと国が滅ぶのでそれを防ぐのが今回のミッションだ、というのに僕はそれを知らなかった。
いきなり学園都市に送り込まれただけで、僕はことの重大さをわかっていなかった。
あの探偵は……破魔矢式猫魔は今、なにをしているのだろうか。
今回は総長も出動して、東京支部に在籍する舞鶴めるとと一緒に海外のエージェントやテロリストと戦っているみたいだし、人手が足りてなくて、猫魔は駆り出されているのかもしれない。
今回は、あいつを頼る気持ちは封じ込めよう。
これは、僕の事件だ。
僕が解決しなくちゃならない。
綺麗に碁盤の目になっている学園都市の区画を歩く。
整理されすぎていて、どこを歩いているのか、気をつけないとわからなくなりそうだ。
ぼんやり光る自動販売機で、コーラを買う。
立ち止まり、プルタブを開けて、炭酸の黒い液体を飲む。
笑う月が、僕を見ている。
「よぉ、山茶花。お帰り」
手を振ってこっちに寄ってくるのは西口門だった。
「西口門、なんでこんなところに?」
「ああ? ほれ、そこ」
指さすそこはファミレスだ。
「ファミレス? 誰かと会っていたのか?」
「違うぜ。微妙に、な。ライブ後、反省会できなかっただろ。だからその埋め合わせをしてたんだ」
「ふぅん……」
「山茶花は、源信の書いた『往生要集』は知っているか」
「知ってるもなにも、高校の国語の資料集にもその名が載ってる古典だろ。一応、知ってはいるさ。文学青年を気取ることはないけどね」
「おれは浄土門の、在俗の民なんだが、そもそも極楽や地獄って考え方は、浄土門の僧たちが広めるまでは日本ではマイナーだったんだ、存在自体が」
「へぇ。宗教といえば天国地獄って考えるけどな。そうじゃなかったのか」
「日本人の浄土観・地獄観を確立した書物が、源信の書いた『往生要集』だ」
「内容的には、どんなだったかまでは、僕は知らなかったけど、なるほどタイトルに〈往生〉ってあるもんなぁ」
「阿弥陀仏の
「ふぅん。初めて聞いたよ」
「勉強不足だな。文学青年が泣くぞ」
「そうだなぁ」
「言わずと知れた
「善導、か。知らないなぁ。僕は自分の勉強不足を恥じるよ」
「ははは! そりゃぁ傑作だ。実はその善導という僧は、自らを罪深い
「ん? どういうことだい」
「懺悔の意識。善導はキリスト教の〈原罪概念〉に似た思考を持ち続けたことで知られている」
「ああ、今回の話はやっぱりそこに通じるのか…………」
「今回の話?」
「いや、こっちの話だ。続けてくれ」
〈原罪〉ときたか。
すべては繋がっているのかもしれない。
西口門は、話を続ける。