衆生済土の欠けたる望月【第八話】

文字数 1,173文字





「まずはここ、学園都市のそば、八坂神社のある玉取町の縁起から、だな」
 僕は猫魔に、
「手短に頼むぜ」
 と、頼んでみる。
 すると、
「長話はする気なんてないさ。対バンのイベントが終わって、お客さんもバンドマンたちも、外に出てくる頃合いだからね。ステージが終わって、ドリンクチケットでお酒飲んでたり物販を買ってる時間だろ、今。すぐにここにひとが集まってくるさ。いなくなったら今度は搬入口からバンドマンが撤収作業だ。そう時間もないからね。手短に話すぜ」
 と、猫魔はクスクス笑った。
「そこ、笑うとこかよ、猫魔」
「いや、すっかり大学生に溶け込んでしまった山茶花は、それはもう、愉快でたまらないよ。おれだったら大学生と一緒に宿舎生活なんて出来ないね」
「それはどうも」

 探偵が玉取町の縁起を語り出す。


 三ツ矢八坂神社、知ってるだろ。
 その神社が近くに鎮座しているから、現在、山茶花が住んでる宿舎の名前がそこから取られて三ツ矢学生宿舎になったんだ。
 三ツ矢八坂神社は、京都祇園の八坂神社から勧請(かんじょう)された、という。
 以来ここは、常陸国に於ける牛頭天王信仰……言い換えれば祇園信仰、の中心だったんだ。
 八坂信仰と言った方がわかりやすいかな。
 ライブハウスや飲み屋が多いのは、ここが花街だったことの残滓だ。
 花街だからこその祇園であり、八坂信仰なんだね。

 おれたち百瀬探偵結社にとって、この三ツ矢八坂神社が重要なのは、この神社に天慶年間のとき、藤原秀郷が〈平将門征伐〉の戦勝祈願として〈矢〉を納めたからだ。

 話は前後するが、この〈玉取町〉の〈玉〉とは、〈ギョク〉であり、また『玉座』に通じているのさ。
 三本脚の鴉……八咫烏がくちばしに玉を加え運び、途中で〈撃たれて〉穴に落とした。
 これがなにを意味するかというと、茨城の土蜘蛛……まつろわぬ者……を、朝廷が制圧し、支配下に置いた、という意味から転嫁されている。

 何故、八咫烏は撃たれたのか。
 ざっくりと見ていこう。

 昔、三本脚の鴉がこの地域に飛来した。弓の名手が、後に〈天矢場〉と呼ばれることになる場所に(やぐら)を建て、鴉に向けて矢を放った。
 三本目の矢で、三本脚の鴉を射落としたそうだ。
 撃った矢が落ちた場所にはそれぞれ一ノ矢、二ノ矢、三ノ矢との地名がついた。
 ここが三ツ矢と呼ばれるのは三ノ矢が、訛ったのか、もしくは言いやすくしたためなんだ。
 射落とした鴉は、〈玉〉を持っていた。
 それで、三発目の矢で落とし、そこは三ツ矢になった。
 落とした鴉は〈玉塚〉に埋めたそうだ。
 〈鴉〉と一緒に〈玉〉が埋まった場所だから、町の名前が〈玉取町〉になった。
 まつろわぬ者は、討ち取る。
 そういういわれがあるから、藤原秀郷が〈平将門征伐〉の戦勝祈願として〈矢〉を納めたんだな。


「なるほどね。それがここの縁起か」
 猫魔は頷き、僕もまた頷く。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み