道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第六話】

文字数 1,893文字





 僕らの世界では、〈市ヶ谷〉、〈赤坂〉、〈桜田門〉と土地の名で呼ばれる隠語が存在している。〈市ヶ谷〉は防衛省情報本部、〈赤坂〉は在日CIA及びアメリカ大使館、そして〈桜田門〉は公安警察のことだ。
 もちろん、僕らに用事があるのは、〈市ヶ谷〉、〈赤坂〉、〈桜田門〉という場所でも、その〈暗部〉の仕事をしているセクションを指している。
 それらの存在は〈地下に住む彼女〉と呼ばれている人物のお気に召すままに動いている、というウワサもあるが、百瀬探偵結社の中で〈地下に住む彼女〉の謁見を許されているのは百瀬珠総長ただひとりである。珠総長の飼い猫である破魔矢式猫魔だって、そこまではお供できない。
 僕なんかにとっては、その〈地下に住む彼女〉の名前を口に出すことでさえ、ためらいがあるほどだ。

「だが、山茶花。言うのをためらうだけで、名前自体は知っているだろう? その〈地下に住む彼女〉の、さ」
 野点をしている〈ソーダフロート・スティーロ〉の神楽坂ふぐりとDJ枢木の二人とそのファンたちの姿を遠目に見ながら、探偵・破魔矢式猫魔は、僕にそう言った。
 アッシュグレイの髪の毛。
 猫のような瞳。
 スーツを着ているその探偵は、特注品の黒いドライバーグローブを手に装着させている。
 僕は猫魔に不平を漏らす。
「確かに、僕もその名前を、知っている。だけど、知っているだけだ。僕は、〈彼女〉のことを、なにも知らない」
 僕に対し、間髪おかずに猫魔は応じる。
「〈地下に住む彼女〉……、その名前を、暗闇坂深雨(くらやみさかみう)、という。〈現・暗闇坂家当主〉であり、また、〈元麻布呪術機構〉の首領でもある」
「…………」
「元麻布に、暗闇坂という地名の坂がある。その暗闇坂の坂道から入る結界の中に、〈元麻布呪術機構〉の本部がある。そこに暗闇坂家という一族が住んでいる。その暗闇の〈(うろ)〉こそが東京の〈地下〉……言い換えれば〈アンダーグラウンド〉、の中心点さ。彼女はそこのお姫様だよ」
「僕が昨日見たあの尼さんは、暗闇坂を名乗った。そして、珠総長を連れ去った。どういうことなんだ、猫魔」
「そう焦るなよ、山茶花。今はうちの女子高生探偵・小鳥遊ふぐりだって自分を押し殺してソーダフロート・スティーロの〈神楽坂ふぐり〉を演じきって、野点でファンサービスやってるじゃないか。あの〈魔女〉のことが大好きでたまらないふぐりが自制してるんだぜ? おれたちだって、ちょっとは冷静になった方がいいんじゃないか」
「そうは言ったって! 僕は……、僕はなにも出来なかったんだ!」
「だから、焦るなって」
「猫魔、これは一体どういうことなんだ」
「大丈夫。おれは知ってるよ」
「知ってるだって! 今日、土浦九龍から帰ってきたばかりの猫魔が知ってるってのか!」
「ああ。〈魔女〉……珠総長のプレコグ能力を甘く見ない方がいい。いや、向こうの方が甘く見積もっていた、と言うべきかな。手は打ってあったよ」
「総長は、驚いてたよ? プレコグ……予知能力が効かなかったって」
「そりゃ、あの雲水(うんすい)が現れたことだろう? いつも通り〈なにかが起こる〉ことはわかっていたのさ。ぼんやりとなんだろうけどな」
「雲水?」
「ああ。禅宗の僧のことを雲水と呼ぶ」
「どういうことなんだ、猫魔。もしかしておまえが土浦九龍に行ってたってのは」
「もちろん、今回の件に絡んでいる」
「どう絡んでるんだ、教えてくれ。なにが起こるんだ。なにが起こりそうなんだ?」
「あはは。だからそう()くなって」
「笑ってる場合かよ」
「いや、さ。復活をもくろんでいるのさ」
「復活? なにの?」
「なにの、っていうよりは、誰の、ってのが正しいかな」
「誰のって、誰のだよ。誰の復活なんだ」
 口をゆがめて、ケラケラと猫魔は笑う。
「そりゃぁ、平将門の復活さ」
「なっ! 平将門だって!」
「そう。将門を復活させて、直接的に〈厄災〉を再び起こして、今度こそ滅ぼそうってわけさ、この日本を、ね」
「一体誰がそんなことを? 将門を復活させて〈厄災〉による日本の滅亡を謀る。正気じゃないぞ、そいつは」
「さぁ、でも愉快犯ではなさそうだぜ、山茶花。それにさ、この将門という爆弾を抱えた日本の運命を、正当に非難出来る者なんてどこにもいないさ。導火線を引きたい奴はごまんといるだろうし、着火にしてもそうだ。そもそも百瀬探偵結社事務所が常陸国にあるのは将門と〈厄災〉を巡る関係性の調査のためだろう。故に、これはおれたちの事件であり、おれたちへの挑戦状さ」
 そこまで言うと猫魔はふぐりとくるるちゃんの方を向く。
「とりあえず、ソーダフロート・スティーロのファンイベントの野点が成功するのを祈ろうぜ」



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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