道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第十一話】
文字数 1,381文字
☆
その違法建築群には臭気が漂っていて、吹きだまりになっているかのようだ。
ともかく、空気が悪い。
だが、狭い通路から頭上を見上げると、三階以上、上の階で、向かい合う建物にロープを通し、そこに洗濯物をぶら下げている光景に出くわす。
生活を、ここの住民が確かにしている息吹だ。
九龍内部の通路は、二人ですれ違うくらいしか出来ないほどの狭さ。
通路の両サイドには、無数のドアと、ネオンの看板がひしめき合っている。
ドアを開けたら、なにが飛び出すか、わかったものじゃない。
ネオンにしても、多国籍言語が飛び交っていて、日本語しかわからない僕には読めないものだらけだ。
トタンやベニヤの壁には、びっしりと落書き、そして、貼り付けたピンクチラシ。
「さて、階段だ。登るぞ」
猫魔が言う。
だが、足場ががたついた階段だ。
大丈夫だとは思えない。
「はぁ。登れば良いんだよね」
「怖じ気づいたか、山茶花」
「猫魔こそ、寝不足で倒れるなよ」
「山茶花に阿呆探偵。あんたらの夫婦漫才に付き合っている暇はないの。総長を助けるため、とっとと進むわよ!」
酷い言われようだ。
小鳥遊ふぐり。
度胸がパワーアップしているのを感じる。
重苦しいゴス衣装でもひーひー言わないで猫魔についてきているのがその証左だ。
僕らがしゃべっていると、通りすがりのおっさんたちがこっちを睨みつけてきたり、通路につばを吐いて威嚇してくる。
そんなの慣れっこだ。
僕らは伊達に探偵結社のメンバーを名乗っていない。
しかし、こいつらが僕らを襲ってこないのにはワケがある。
それは、三人とも羽織っている〈七つボタン〉の威光があるからだ。
金をせびりたくてうずうずしてる様子はうかがえるが、ここの住人たちはこの詰め襟制服を見ると、目が飛び出るくらい凝視して、それから僕らの顔を睨んで、そっぽを向く。
効果絶大だ。
猫魔を先頭にして、工事現場の足場にしか見えない、しかも錆びている階段を上がっていく。
冷や汗が頬を伝う。
登り切ると、そこには鳥居があった。
後ろに、社がある。
横手に、社務所。
空が、ここからは見える。
僕らを待っていたかのように、社務所から、緑色のフード付き・蛇の着ぐるみパジャマを着た背の低い女の子が出てきた。
「遅かったでごぜぇますよ?」
あくびをしながら出迎えるその娘は、〈夜刀神〉そのひとだった。
いや、ひとじゃなくてカミサマなのか。
ひとかカミかは知らないけど、裏政府のエージェントなのは確かだ。
所属が……〈横浜招魂社〉。
夜刀神うわばみ姫。
僕は、
「久しぶり、だね」
と、声をかけた。
「面白かったか、『ヴァリス』は?」
夜刀神が不意に僕に尋ねる。
ヴァリス。
そういや読んでたとき、ベンチに一緒に座って眠っていたのだ、この夜刀神は。
一緒にベンチでお昼寝した仲だ、とも言えないこともない。
「ディックが好みかい? ディックの小説ならたくさんある。貸そうかい?」
僕も減らず口を叩いてみる。
「人間。わたしもディックは全部読破したでごぜぇますよ?」
そこに割って入るは破魔矢式猫魔。
「さっそく本題に入ろう。いいかな、夜刀神?」
「異論はねぇでごぜぇます」
ディックの話はまた今度、か。
今度があるかどうかはわからないけども。
僕は横にいるふぐりを見る。
あきらかにキレそうなのを我慢しているみたいだった。
その違法建築群には臭気が漂っていて、吹きだまりになっているかのようだ。
ともかく、空気が悪い。
だが、狭い通路から頭上を見上げると、三階以上、上の階で、向かい合う建物にロープを通し、そこに洗濯物をぶら下げている光景に出くわす。
生活を、ここの住民が確かにしている息吹だ。
九龍内部の通路は、二人ですれ違うくらいしか出来ないほどの狭さ。
通路の両サイドには、無数のドアと、ネオンの看板がひしめき合っている。
ドアを開けたら、なにが飛び出すか、わかったものじゃない。
ネオンにしても、多国籍言語が飛び交っていて、日本語しかわからない僕には読めないものだらけだ。
トタンやベニヤの壁には、びっしりと落書き、そして、貼り付けたピンクチラシ。
「さて、階段だ。登るぞ」
猫魔が言う。
だが、足場ががたついた階段だ。
大丈夫だとは思えない。
「はぁ。登れば良いんだよね」
「怖じ気づいたか、山茶花」
「猫魔こそ、寝不足で倒れるなよ」
「山茶花に阿呆探偵。あんたらの夫婦漫才に付き合っている暇はないの。総長を助けるため、とっとと進むわよ!」
酷い言われようだ。
小鳥遊ふぐり。
度胸がパワーアップしているのを感じる。
重苦しいゴス衣装でもひーひー言わないで猫魔についてきているのがその証左だ。
僕らがしゃべっていると、通りすがりのおっさんたちがこっちを睨みつけてきたり、通路につばを吐いて威嚇してくる。
そんなの慣れっこだ。
僕らは伊達に探偵結社のメンバーを名乗っていない。
しかし、こいつらが僕らを襲ってこないのにはワケがある。
それは、三人とも羽織っている〈七つボタン〉の威光があるからだ。
金をせびりたくてうずうずしてる様子はうかがえるが、ここの住人たちはこの詰め襟制服を見ると、目が飛び出るくらい凝視して、それから僕らの顔を睨んで、そっぽを向く。
効果絶大だ。
猫魔を先頭にして、工事現場の足場にしか見えない、しかも錆びている階段を上がっていく。
冷や汗が頬を伝う。
登り切ると、そこには鳥居があった。
後ろに、社がある。
横手に、社務所。
空が、ここからは見える。
僕らを待っていたかのように、社務所から、緑色のフード付き・蛇の着ぐるみパジャマを着た背の低い女の子が出てきた。
「遅かったでごぜぇますよ?」
あくびをしながら出迎えるその娘は、〈夜刀神〉そのひとだった。
いや、ひとじゃなくてカミサマなのか。
ひとかカミかは知らないけど、裏政府のエージェントなのは確かだ。
所属が……〈横浜招魂社〉。
夜刀神うわばみ姫。
僕は、
「久しぶり、だね」
と、声をかけた。
「面白かったか、『ヴァリス』は?」
夜刀神が不意に僕に尋ねる。
ヴァリス。
そういや読んでたとき、ベンチに一緒に座って眠っていたのだ、この夜刀神は。
一緒にベンチでお昼寝した仲だ、とも言えないこともない。
「ディックが好みかい? ディックの小説ならたくさんある。貸そうかい?」
僕も減らず口を叩いてみる。
「人間。わたしもディックは全部読破したでごぜぇますよ?」
そこに割って入るは破魔矢式猫魔。
「さっそく本題に入ろう。いいかな、夜刀神?」
「異論はねぇでごぜぇます」
ディックの話はまた今度、か。
今度があるかどうかはわからないけども。
僕は横にいるふぐりを見る。
あきらかにキレそうなのを我慢しているみたいだった。